・・・「やっぱり十二指腸の潰瘍だそうだ。――心配はなかろうって云うんだが。」 賢造は妙に洋一と、視線の合う事を避けたいらしかった。「しかしあしたは谷村博士に来て貰うように頼んで置いた。戸沢さんもそう云うから、――じゃ慎太郎の所を頼んだ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 北をさすを、北から吹く、逆らう風はものともせねど、海洋の濤のみだれに、雨一しきり、どっと降れば、上下に飛かわり、翔交って、かあ、かあ。 ひょう、ひょう。かあ、かあ。 ひょう、ひょう。かあ、かあ。・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・などと愚にもつかない駄洒落を弄ぶ、と、こごとが出そうであるが、本篇に必要で、酢にするように切離せないのだから、しばらく御海容を願いたい。「……干鯛かいらいし……ええと、蛸とくあのく鱈、三百三もんに買うて、鰤菩薩に参らする――ですか。とぼ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・従って、その地方の子供達が海洋に対する空想、憧憬は、決して同じいものではなかったばかりでなく、これに対する愛憎、喜悲の感情に至るまで、また同じいとはいえなかったでありましょう。 それであるから、概念的に、ただ海といっても、すべての子供達・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・御海容ねがいます。 この、つまらない山の中の温泉場へ来てから、もう三日になりますが、一つとして得るところがありませんでした。奇妙な、ばからしい思いで、ただ、うろうろしています。なんにもならなかった。仕事は、一枚も出来ません。宿賃が心配で・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ キヌ子にさんざんムダ使いされて、黙って海容の美徳を示しているなんて、とてもそんな事の出来る性格ではなかった。何か、それ相当のお返しをいただかなければ、どうしたって、気がすまない。 あんちきしょう! 生意気だ。ものにしてやれ。 ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・無言の海容。すべて、これらのお慈悲、ひねこびた倒錯の愛情、無意識の女々しき復讐心より発するものと知れ。つね日頃より貴族の出を誇れる傲縦のマダム、かの女の情夫のあられもない、一路物慾、マダムの丸い顔、望見するより早く、お金くれえ、お金くれえ、・・・ 太宰治 「創生記」
・・・蘭童あるが故に、一女優のひとすじの愛あらわれ、菊池寛の海容の人情讃えられ、または蘭童かかりつけの××の閨房に御夫人感謝のつつましき白い花咲いた。 ――お葉書、拝見いたしましたが、ぼくの原稿、どうしても、――だめですか? ――ええ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・及び「海洋気象台」がある。ガードやガソリンスタンドなども両方にある。それだのに、洋画の方には鎧武者や平安朝風景がない。これも不思議である。 帝展には少ないが二科会などには「胃病患者の夢」を模様化したようなヒアガル系統の絵がある。あれはむ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ただこの問題の決定に必要な十分な海洋観測の材料がないために問題はそのままに問題として残され、やがていつとなく忘れられていた。それが今年の凶作で急に焼木杭に火がついた形である。もしも二十年前に時の政府が奮発して若干の設備を施しそうして今日まで・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
出典:青空文庫