・・・こんなまちがいの起こるのもまた校正掛りを忙殺する今度の戦争の罪かもしれない。 夏目漱石 「戦争からきた行き違い」
・・・この文は西洋の新聞紙等より抜きたるものにして、必ずしもその記事の醜美を撰ぶにあらざれば、時々法外千万なる漫語放言もあれども、人生の内行に関するの醜談、即ち俗にいう下掛りのこととては、かつて一言もこれを見ず。その然る所以は、訳者が心を用いて特・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ ぎらぎらの太陽が、かなしいくらいひかって、東の雪の丘の上に懸りました。「観兵式、用意っ、集れい。」大監督が叫びました。「観兵式、用意っ、集れい。」各艦隊長が叫びました。 みんなすっかり雪のたんぼにならびました。 烏の大・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・ 家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもあります。また学校の教育方針が急に変って、今までは自分の好きな髪に結って居ってもよかったのが・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・、他面に於て前に述べた伝統から享容れた欠点のある事も否めない事実であるから、これからは一切の不純な気持、身に附き添った色々なこだわりから離脱し、創作境そのものの中に自分を投げ捨ててかかった覚悟で仕事に掛かりたいと思います。 今月の『新小・・・ 宮本百合子 「女流作家として私は何を求むるか」
・・・ 某は当時退隠相願い、隈本を引払い、当地へ罷越候えども、六丸殿の御事心に懸かり、せめては御元服遊ばされ候まで、よそながら御安泰を祈念致したく、不識不知あまたの幾月を相過し候。 然るところ去承応二年六丸殿は未だ十一歳におわしながら、越・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・早く為事に掛かりたかろうなあ。」 秀麿は少し返事に躊躇するらしく見えた。「それは舟の中でも色々考えてみましたが、どうも当分手が著けられそうもないのです。」こう云って、何か考えるような顔をしている。「急ぐ事はない。お前のは売らなくては・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・そこであれからは、御一しょに馬車から出てお暇乞をしてからは、ちっともお目に掛かりませんでしまいましたのね。それはあなたがわたくしを避けて逢わないようになさいましたのも、御無理ではございません。わたくしの手からなんの手掛かりをもお受けにならな・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・生きた兎が飛び出せば伏勢でもあるかと刀に手が掛かり、死んだ兎が途にあれば敵の謀計でもあるかと腕がとりしばられる。そのころはまだ純粋の武蔵野で、奥州街道はわずかに隅田川の辺を沿うてあッたので、なかなか通常の者でただいまの九段あたりの内地へ足を・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・あまりうまくできているのでその面が奇妙に気に掛かり、あとで悪かったと感じたほど執拗にその面を問題にした。――この出来事がひどく気になっていただけに、臨終の日「死面」という言葉を聞いた時、私は異様な感じに胸を打たれた。ほんとうに悪い辻占であっ・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫