・・・ことに、板倉本家は、乃祖板倉四郎左衛門勝重以来、未嘗、瑕瑾を受けた事のない名家である。二代又左衛門重宗が、父の跡をうけて、所司代として令聞があったのは、数えるまでもない。その弟の主水重昌は、慶長十九年大阪冬の陣の和が媾ぜられた時に、判元見届・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 御遊山を遊ばした時のお伴のなかに、内々清心庵にいらっしゃることを突留めて、知ったものがあって、先にもう旦那様に申しあげて、あら立ててはお家の瑕瑾というので、そっとこれまでにお使が何遍も立ったというじゃアありませんか。 御新造様は何・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・我が身、金玉なるがゆえに、いやしくも瑕瑾を生ずべからず、汚穢に近接すべからず。この金玉の身をもって、この醜行は犯すべからず。この卑屈には沈むべからず。花柳の美、愛すべし、糟糠の老大、厭うに堪えたりといえども、糟糠の妻を堂より下すは、我が金玉・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・仮令えあるいは種々様々の事情によりて外面の美を装うことなきにあらずといえども、一点の瑕瑾、以て全璧の光を害して家内の明を失い、禍根一度び生じて、発しては親子の不和となり、変じては兄弟姉妹の争いとなり、なお天下後世を謀れば、一家の不徳は子々孫・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・家の前には広場の様な処が有って、野生の草花が咲いたり、家禽などが群れて居る。 この村人の育うものは、鳥では一番に鶏、次が七面鳥、家鴨などはまれに見るもので、一軒の家に二三匹ずつ居る大小の猫は、此等の家禽を追いまわし、自分自身は犬と云う大・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 農婦はその足もとに大きな手籠を置き家禽を地上に並べている。家禽は両脚を縛られたまま、赤い鶏冠をかしげて目をぎョろぎョろさしている。 彼らは感じのなさそうな顔のぼんやりしたふうで、買い手の値ぶみを聞いて、売り価を維持している。あるい・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・父弥一右衛門は一生瑕瑾のない御奉公をいたしたればこそ、故殿様のお許しを得ずに切腹しても、殉死者の列に加えられ、遺族たるそれがしさえ他人にさきだって御位牌に御焼香いたすことが出来たのである。しかしそれがしは不肖にして父同様の御奉公がなりがたい・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・からぬお噂をする事があって、冬の夜、炉の周囲をとりまいては、不断こわがってる殿様が聞咎めでもなさるかのように、つむりを集めて潜々声に、御身分違の奥様をお迎えなさったという話を、殿様のお家柄にあるまじき瑕瑾のようにいいました。この噂を聞いて「・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ やや時代の下るもののうち注目すべきは、『多胡辰敬家訓』である。これはたぶんシャビエルが日本へ渡来したころの前後に書かれたものであろう。多胡辰敬は尼子氏の部将で、石見の刺賀岩山城を守っていた人であるが、その祖先の多胡重俊は、将軍義満に仕・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・家とか道具とか家畜とか家禽とか、特に男女の人物とかがそれである。伝説では、殉死の習慣を廃するために埴輪人形を立て始めたということになっているが、その真偽はわからないにしても、とにかく殉死と同じように、葬られる死者を慰めようとする意図に基づい・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫