・・・父は医者であるが、医者は病気というものをこの人生から駆逐する任務を持っているという確信で動いていた。父の日常の動作に「報酬のため」或いは「生活費のため」という影のさしたことをかつて見たことがない。報酬はもちろん受ける、しかし自分の任務を果た・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・そこには生の真面目は枯れかかり、核心に迫る情熱は冷えかかっていた。生の冒険のごとく見えたのは、遊蕩者の気ままな無責任な移り気に過ぎなかった。生の意義への焦燥と見えたのは、虚名と喝采とへの焦燥に過ぎなかった。勇ましい戦士と見えたのは、強剛な意・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・世間をはばかり、控え目にするという態度そのものが、その好みの核心になっているのである。こういう好みは日本でももう古風であるかもしれないが、藤村にはそれが強く働いていたと思う。金持ちの息子が立派な住居に住んでいるのを批評して、あれでよく恥ずか・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・そうしてみると、顔面は人の存在にとって核心的な意義を持つものである。それは単に肉体の一部分であるのではなく、肉体を己れに従える主体的なるものの座、すなわち人格の座にほかならない。 ここまで考えて来ると我々はおのずから persona を・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫