・・・短篇を書くならメリメのような短篇を書きたい、よく、そう思った。 ゴーゴリと、モリエール、は、あるときは、トルストイ以上に好きだった。喜劇を書いても、諷刺文学を書いても、それで、人をおかしがらせたり、面白がらせたりする意図で書くのでは、下・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・虚空に抵抗物は少いのだが斯くなるこの自然の約束を万物の上から観破して僕は螺旋が運動の妙則だと察したよ。サア話しが段々煮えて来た、ここへ香料を落して一ト花さかせる所だ。マア聞玉え、ナニ聞ていると、ソウカよしよし。ここで万物死生の大論を担ぎ出さ・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・まして人間の指で書くような出鱈目の曲線は何千万状あるか知れるものではない。このくらい曲線という奴は洒落た奴だよ。だから二力が互に異りたる曲線的に来てぶつかる時は、又何千万様の変化を起すか知れないのサ。ここが即ちおもしろい所だ。ここから天地万・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・それがしも共に願うて遣わす、斯くの通り。」と、小山を倒すが如くに大きなる身を如何にも礼儀正しく木沢の前に伏せれば、丹下も改めて、「それがしが申したる旨御用い下さるよう、何卒、御願い申しまする木沢殿。」という。猶未だ頭を上げなかっ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 平生私を愛してくれた人々、私に親しくしてくれた人々は、斯くあるべしと聞いた時に如何に其真偽を疑い惑ったであろう、そして其真実なるを確め得た時に、如何に情けなく、浅猿しく、悲しく、恥しくも感じたであろう、就中て私の老いたる母は、如何に絶・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・「そりゃ、『蓬屋』と書くよりも、『四方木屋』と書いたほうがおもしろいでしょう。いかにも山家らしくて。」 こんな話も旅らしかった。 甲府まで乗り、富士見まで乗って行くうちに、私たちは山の上に残っている激しい冬を感じて来た。下諏訪の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・さらば、斯く闇黒の中に坐するは、吾事業なるか――」 ずっと旧いところの稿には、こんなことも書いてある。 豪爽な感想のする夏の雨が急に滝のように落ちて来た。屋根の上にも、庭の草木の上にも烈しく降りそそいだ。冷しい雨の音を聞きながら、今・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・沖の鳥貝を掻く船を指して、どの船も帆を三つずつ横向きにかけている。両端から二本の碇綱を延しているゆえ、帆に風を孕んでも船は動かない。帆が張っているから碇綱は弛まぬ。鳥貝は日に干して俵に詰めるのだなどと言う。浪が畠の下の崖に砕ける。日向がもく・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・出ようとする間ぎわに、藤さんはとんとんと離れへはいって行って、急いで一と筆さらさらと書く。母家で藤さんと呼ぶ。はいと言い言い、あらあらかしくと書きおさめて、硯の蓋を重しに置いて出て行く。――自分が藤さんなら、こんな時にはぜひとも何とか書き残・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・私の書くものが、それがどんな形式であろうが、それはきっと私の全存在に素直なものであった筈である。この安心は、たいしたものだ。すっかり居直ってしまった形である。自分ながらあきれている。どうにも、手のつけようがない。 ひとつ君を、笑わせてあ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
出典:青空文庫