・・・飛びもしないのに、おやおやと人間の目にも隠れるのを、……こう捜すと、いまいた塀の笠木の、すぐ裏へ、頭を揉込むようにして縦に附着いているのである。脚がかりもないのに巧なもので。――そうすると、見失った友の一羽が、怪訝な様子で、チチと鳴き鳴き、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・さして行く笠置の山、と仰せられては、藤原季房ならずとも、泣き伏すにきまっている。あまりの事に、はにかんで、言えないだけなのである。わかり切った事である。鳴かぬ蛍は、何とかと言うではないか。これだけ言ってさえも、なんだか、ひどく残念な気がする・・・ 太宰治 「一燈」
・・・寺は、壺坂、笠置、法輪。森は、忍の森、仮寝の森、立聞の森。関は、なこそ、白川。古典ではないが、着物の名称など。黄八丈、蚊がすり、藍みじん、麻の葉、鳴海しぼり。かつて実物を見たことがなくても、それでも、模様が、ありありと眼に浮ぶから不思議であ・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
出典:青空文庫