・・・三四人、赤い布をかぶった女も下りたが、忽ち散ってしまって、日本女は自分の前に雨びしょびしょの暗い交叉点、妙な空地、その端っこに線路工夫の小舎らしい一つの黄色い貨車を見た。その屋根でラジオのアンテナが濡れながら光っている。空地の濡れた細い樹の・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 薔薇液を身に浴び、華奢な寛衣をまとい、寝起きの珈琲を啜りながら、跪拝するバガボンドに流眄をする女は、決して、その情調を一個の芸術家として味って居るのではございません。 こちらの婦人の華美と、果を知らぬ奢沢は、美そのものに憧れるので・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・その米のストックが乏しいところへ、農民が強制買上供出反対で、米俵をつんで東京、大阪その他の駅に入るべき貨車が、きょうも、明日もと空っぽであるとき、大都市の住民の不安はいかばかりであろうか。重大な事態をひき起すであろう。その重大事態の核心をな・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・ 革命の時代は、三等車かそれとも貨車の中へいきなりわらを敷いて乗って行く方がずっと安全だった。なまじっかビロードなどを張った軟床車よりは。当時シラミは歴史的にふとっていたのだ。シラミはチフス菌を背負って歩いていた。―― 今この三等夜・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・正しさのためにも婦人は自分と愛する者たちの運命とを、歴史の仮借ない歯車の間においたのであった。 ヨーロッパの婦人たちが、民主平和のヨーロッパ再建のための連合国憲章にもとづいて、婦人たちの大統一戦線をこしらえはじめたこころもちは、同感され・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・このたびの決議のレーニン的基礎づけ、思想的基礎づけの半ばは、同志小林が全力を傾けて実践した日和見主義との仮借なき闘争の成果によって行われたと云っても過言ではないであろう。 同志小林の不滅の精神は、今日われわれが正しい決議を発表し得るに至・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・汽罐車だけが、シュッ、シュッと逆行していると、そのわきを脚絆をつけ、帽子をかぶった人が手に青旗を振り振りかけている。貨車ばかり黙って並んでいるところへガシャンといって汽罐車がつくと、その反動が頭の方から尻尾の方までガシャン、ガシャンとつたわ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・を苦しめたよりも更に深く苦しみながら私がもがいたのはアーネストに対してではなかったのだということが、愛の必要と欲求と、私の生れたそもそもの初めからこすりこまれた愛と性とに対する歪められた観念との間に、仮借することない闘争が私の心の中で行われ・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・において、文化運動の内部に発生したこのような敵に対して、仮借なき闘争こそが必要である。同志小林は、この課題に率先して立ち向い、次々に、逞しき諸論策を送った。同志小林は、日和見主義発生の階級的根源を抉発し、日和見主義者の理論と実践とを具体的に・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
・・・ 正坐にかまえて都人の華奢な風を偲ばせて居るのは殿、その下坐に弟君、かかり人までこの宴にもれず、仮面もかぶらずにひかえて居る、それからは年の順、役の順に長年忠義劣りない家の子、家臣の一番上坐に、殿のみどり子の時からつかえて今に尚、この頃・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫