・・・むかし、正しい武家の女性たちは、拷問の笞、火水の責にも、断じて口を開かない時、ただ、衣を褫う、肌着を剥ぐ、裸体にするというとともに、直ちに罪に落ちたというんだ。――そこへ掛けると……」 辻町は、かくも心弱い人のために、西班牙セビイラの煙・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・上げ潮で河水が多少水口から突上るところへ更に雨が強ければ、立ちしか間にこの一区劃内に湛えてしまう。自分は水の心配をするたびに、ここの工事をやった人の、馬鹿馬鹿しきまで実務に不忠実な事を呆れるのである。 大洪水は別として、排水の装置が実際・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ために大地は熱し、石は焼け、瓦は火を発せんばかりとなり、そして、河水は渇れ、生命あるもの、なべてうなだれて見えるのに、一抹の微小なる雲が、しかも太陽直下の大空に生れて成長するのを、私は不思議とせずにいられないのだ。 社会について考えるも・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・ 黒竜江にはところどころ結氷を破って、底から上ってくる河水を溜め、荷馬車を引く、咽頭が乾いた馬に水をのませるのを商売とする支那人が現れた。いくら渇を覚えても、氷塊を破って馬に喰わせるわけには行かない。支那人は一回、銅片一文を取って馬に水・・・ 黒島伝治 「国境」
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。片端は陸に上がっていて、片端は河水に漬かっている。その上に鴉が一羽止まっている。年寄って小さくなった鴉である。黒い羽を体へぴったり付けて、嘴の尖った頭を下へ向けて、動かずに何か物思に沈んだよう・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・しかし場合によっては、これが単に河水の浸蝕作用だけではなくて、もっと第一次的な地殻変形の週期性によって、たとえ全部決定されずとも、かなり影響された場合がありはしないかと考えられる。蛇行の波長が河床の幅に対して長いような場合に特にこれが問題に・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ また河水が流れ込んでも海が溢れない訳を説明する華厳経の文句がある。大海有四熾燃光明大宝。其性極熱。常能飲縮。百川所流無量大水。故大海無有増減。とある。大洋特に赤道下の大洋における蒸発作用の旺盛な有様を「詩」で云い現わしたと思えば、うま・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 赤ん坊の胴を持ってつるし上げると、赤ん坊はその下垂した足のうらを内側に向かい合わせるようにする。これは人間の祖先の猿が手で樹枝からぶら下がる時にその足で樹幹を押えようとした習性の遺伝であろうと言った学者があるくらいであるから、猫の足踏・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ 最初河水の汎濫を防ぐために築いた向島の土手に、桜花の装飾を施す事を忘れなかった江戸人の度量は、都会を電信柱の大森林たらしめた明治人の経営に比して何たる相違であろう。 巴里の人たちは今でも日曜日には家族を引連れて郊外の青草の上で葡萄・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・今まで荷船の輻湊した狭い堀割の光景に馴らされていた眼には、突然濁った黄いろの河水が、岸の見えない低地の蘆をしたしつつ、満々として四方にひろがっているのを見ると、どうやら水害の惨状を望むが如く、俄に荒凉の気味が身に迫るのを覚えた。わたくしは東・・・ 永井荷風 「放水路」
出典:青空文庫