・・・その士気の凜然として、私に屈せず公に枉げず、私徳私権、公徳公権、内に脩まりて外に発し、内国の秩序、斉然巍然として、その余光を四方に燿かすも決して偶然にあらず。我輩は、我が政治社会の徳義をして先ず英国の如くならしめ、然る後に実際の政事政談に及・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・されたる自己の感情を写すところにおいて毫も上世に異ならずといえども、結果たる感情を直叙せずして原因たる客観の事物をのみ描写し、観る者をしてこれによりて感情を動かさしむること、あたかも実際の客観が人を動かすがごとくならしむ。これ後世の文学が面・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ひやかすように云うんだ。」「おまえに悪口を云うの。」「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・「そりゃあってよ、どこだって貸すわ、でも――もし来るんならそんなことしないだって、家へいらっしゃいよ」「二三日ならいいけど」「永くたっていいわ、私永いほど結構! ね? 本当に家へいらっしゃいよ、淋しくってまいるんだから」「い・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・小説化すことは、危険をもっている。ソヴェト作家にとってさえ、それはしばしば大きすぎる主題としてあらわれているくらいである。 一九四九年のこのごろ、ジャーナリズムの上では記録文学流行がはじまっている。国際的な題材のルポルタージュがふえてい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・作者が重い比重で自分の存在にのしかかって来て、深い悲しみを与えられた人間のそういう気持を、資本主義社会の逆境で歪んで来た人間性においてとらえ作品化すことが出来ず、反対に、有閑の上流生活において腐敗させられてゆく人間の生活力として把えていると・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・興奮して、口を尖らかすようにしているその女の顔は、美しくない。せっぱつまって、力いっぱいという表情がある。年をへだて、事情の変ったいま眺めなおしたとき、その写真は私の心に憐憫を催おさせるのであった。 一九三八年一月から、翌年のなかばごろ・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・「――でも、あなた自分の歯楊子をひとに貸す?」 メーラはインガの質問をはぐらかした。「ああ、私丁度歯楊子をなくしたところだった。どうもありがとう。思い出さしてくれて!」 インガは考えるのであった。自分は工場管理者という自分の・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・小説が通俗化せば化すほど、筋は恋愛に集注して来る。その面からだけ現実を勝手にきって行く。映画でも駄作ほど恋愛一点張りになるのであるが、このことも、映画が今日の文化の中でもっている社会性を反映しているといえると思う。〔一九三七年八月〕・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・ 彼は巧く私を胡魔化す積りと見える。 どう考えてもそうとしか思えないので、栄蔵はわざわざお節にお前ほんとに手紙で来いと云ったのかと尋ねたりした。 お節も保証したけれ共栄蔵には解せなかった。 達の若々しい体をながめなが・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫