・・・びっくりしたのと、無理に歩いて来たのとで、きゅうに産気づいて苦しんでいる妊婦もあり、だれよだれよと半狂乱で家族の人をさがしまわっているものがあるなどその混乱といたましさとは、じっさい想像にあまるくらいでした。多くの人は火の中をくぐって来ての・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・いまはもう、華族もへったくれも無くなったようですが、終戦前までは、女を口説くには、とにかくこの華族の勘当息子という手に限るようでした。へんに女が、くわっとなるらしいんです。やっぱりこれは、その、いまはやりの言葉で言えば奴隷根性というものなん・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・お慶の家族である。 私は自分でも意外なほどの、おそろしく大きな怒声を発した。「来たのですか。きょう、私これから用事があって出かけなければなりません。お気の毒ですが、またの日においで下さい」 お慶は、品のいい中年の奥さんになってい・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・「ええ。華族さんになって、それからお金持ちになるんですって。」 僕はすこし寒かった。足をこころもち早めた。一歩一歩あるくたびごとに、霜でふくれあがった土が鶉か梟の呟きのようなおかしい低音をたててくだけるのだ。「いや。」僕はわざと・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・そのうちに、あなたは、人におだてられて、これの母は華族でして、等とおっしゃるようになるのではないでしょうか。そら恐しい事でございます。先生ほどのおかたでも、あなたの全部のいんちきを見破る事が出来ないとは、不思議であります。世の中は、みんな、・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ 信濃町の停留場は、割合に乗る少女の少ないところで、かつて一度すばらしく美しい、華族の令嬢かと思われるような少女と膝を並べて牛込まで乗った記憶があるばかり、その後、今一度どうかして逢いたいもの、見たいものと願っているけれど、今日までつい・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 丁度この頃、彼の父は家族を挙げてミュンヘンに移転した。今度の家は前のせまくるしい住居とちがって広い庭園に囲まれていたので、そこで初めて自由に接することの出来た自然界の印象も彼の生涯に決して無意味ではなかったに相違ない。 彼の家族に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・すると親類の一人から電話がかかって、辰之助が出てゆくと、今避難者が四百ばかり著くから、その中に道太の家族がいるかもしれないというのであった。道太はおぼつかないことだと思いながら、何だか本当に来るような気がして、あわててお湯を飛びだした。誰々・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・龍蹄砂ヲ蹴ツテ高蓋四輪、輾リ去ル者ハ華族ナリ。女児一群、紅紫隊ヲ成ス者ハ歌舞教師ノ女弟子ヲ率ルナリ。雅人ハ則紅袖翠鬟ヲ拉シ、三五先後シテ伴ヲ為シ、貴客ハ則嬬人侍女ヲ携ヘ一歩二歩相随フ。官員ハ則黒帽銀、書生ハ則短衣高屐、兵隊ハ則洋服濶歩シ、文・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 踊子の栄子と大道具の頭の家族が住んでいた家は、商店の賑かにつづいた、いつも昼夜の別なくレコードの流行歌が騒々しく聞える千束町を真直に北へ行き、横町の端れに忽然吉原遊廓の家と灯とが鼻先に見えるあたりの路地裏にあった。或晩舞台で稽古に夜を・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫