・・・ 余輩常に思うに、今の諸華族が様々の仕組を設けて様々のことに財を費し、様々の憂を憂て様々の奇策妙計を運らさんよりも、むしろその財の未だ空しく消散せざるに当て、早く銘々の旧藩地に学校を立てなば、数年の後は間接の功を奏して、華族の私のために・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
遺言状一 余死せば朝日新聞社より多少の涙金渡るべし一 此金を受取りたる時は年齢に拘らず平均に六人の家族に頭割りにすべし例せば社より六百円渡りたる時は頭割にして一人の所得百円となる計算也一 此分配法ニ・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・時に近頃隣の方が大分騒がしいが何でも華族か何かがやって来たようだ。華族といや大そうなようだが引導一つ渡されりャ華族様も平民様もありゃアしない。妻子珍宝及王位、臨命終時不随者というので御釈迦様はすました者だけれど、なかなかそうは覚悟しても居な・・・ 正岡子規 「墓」
・・・勿論看病のしかたは自分の気にくわぬので、口論もしたり喧嘩もしたり、それがために自分は病床に煩悶して生きても死んでも居られんというような場合が少くはないが、それは看病の巧拙のことで、いずれにした所で家族の者の苦しさは察するに余りがあるのである・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちょうどあの年のブドリの家族のようになる人がたくさんできるのです。ブドリはまるで物も食べずに幾晩も幾晩も考えました。ある晩ブドリは、クーボー大博士のうちをたずねました。「先生、気層のなかに炭酸ガスが・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 内縁関係、未亡人の生きかたに絡む様々の苦しい絆は、経済上の性質をもっているにしろ、その根に、精神の軛として、封建的な家族制度がのしかかっている。今度の第二次世界戦争で、日本の軍事的権力は百四万以上の生命を犠牲とした。家庭は、既に強権に・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・しかしその中に天皇という特別な一項がある。華族は世襲でなくなったが、天皇の地位は世襲であり、性別如何にかかわらず法律の前には平等であるといわれていても、天皇の一家の子供は、昔ながらに長男がその地位を継承するものときめられている。女子は差別さ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・そういう功利的通念は、今や、オイ、御新邸を背負って華族の娘さんが嫁に来るぜ、という例外の一例とはなるかもしれないが、この結合を、社会的な評価で新しい内容をもつものであるといい得ないことは自明である。 われわれ個人の恋愛や結婚の幸福を、か・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・そして殉死者の遺族が主家の優待を受けるということを考えて、それで己は家族を安穏な地位において、安んじて死ぬることが出来ると思った。それと同時に長十郎の顔は晴れ晴れした気色になった。 四月十七日の朝、長十郎は衣服を改めて母の前に出て、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 西洋事情や輿地誌略の盛んに行われていた時代に人となって、翻訳書で当用を弁ずることが出来、華族仲間で口が利かれる程度に、自分を養成しただけの子爵は、精神上の事には、朱子の註に拠って論語を講釈するのを聞いたより外、なんの智識もないのだが、・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫