・・・どうせからかうつもりなら、いっそもう、閣下とでも呼んでもらいたい。僕たちの社会的の地位たるや、ほとんどまるで乞食坊主と同じくらいのものなんだ。国民学校の先生になるという事はもう、世の中の廃残者、失敗者、落伍者、変人、無能力者、そんなものでし・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・畳が、かっかっと熱いので、寝ても坐っても居られない。よっぽど、山の温泉にでも避難しようかと思ったが、八月には私たち東京近郊に移転する筈になっているし、そのために少しお金を残して置かなければならないのだから、温泉などへ行く余分のお金が、どうし・・・ 太宰治 「美少女」
・・・やけくそで、いっそ林銑十郎閣下のような大鬚を生やしてみようかとさえ思う事もあるのだが、けれども、いまの此の、六畳四畳半三畳きりの小さい家の中で、鬚ばかり立派な大男が、うろうろしているのは、いかにも奇怪なものらしいから、それも断念せざるを得な・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・「露国の名誉ある貴族たる閣下に、御遺失なされ候物品を返上致す機会を得候は、拙者の最も光栄とする所に有之候。猶将来共。」あとは読んでも見なかった。 おれはホテルを出て、沈鬱して歩いていた。頼みに思った極右党はやはり頼み甲斐のない男であった・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・婢答ヘテ曰ク閣下ノ言フガ如シ。抑是ノ酒肆ハ浅草雷門外ナル一酒楼ノ分店ニシテ震災ノ後始テ茲ニ青ヲ掲ゲタルモノ。然ルガ故ニ婢モ亦開店ノ当初ニ在リテハ浅草ノ本店ヨリ分派セラレシモノ尠シトナサヾリキ。今ヤ日ニ従テ新陳代謝シ四方ヨリ風ヲ臨ンデ集リ来レ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ しかるに各課担任の教師はその学問の専門家であるがため、専門以外の部門に無識にして無頓着なるがため、自己研究の題目と他人教授の課業との権衡を見るの明なきがため、往々わが範囲以外に飛び超えて、わが学問の有効を、他の領域内に侵入してまでも主・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・特務曹長「よし。閣下はまだおやすみだ。いいか。われわれは軍律上少しく変則ではあるがこれから食事を始める。」兵士悦ぶ。曹長特務曹長「いや、盗むというのはいかん。もっと正々堂々とやらなくちゃいけない。いいか。おれがやろう。」・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・するとかっこうは残念そうに眼をつりあげてまだしばらくないていましたがやっと「……かっこうかくうかっかっかっかっか」と云ってやめました。 ゴーシュがすっかりおこってしまって、「こらとり、もう用が済んだらかえれ」と云いました。「・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・野木さんのお流儀で。」「己がいらないのだ。野木閣下の事はどうか知らん。」「へえ。」 その後は別当も敢て言わない。 石田は司令部から引掛に、師団長はじめ上官の家に名刺を出す。その頃は都督がおられたので、それへも名刺を出す。中に・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・畑閣下が幹事だからね」 こう云って置いて、三枝は元の席に返ってしまった。 私は始て気が附いて、承塵に貼り出してある余興の目録を見た。不折まがいの奇抜な字で、余興と題した次に、赤穂義士討入と書いて、その下に辟邪軒秋水と注してある。・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫