汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・楷書いや。仮名は猶更。〔『ホトトギス』第二巻第十二号 明治32・9・10〕 正岡子規 「墓」
・・・ ホモイはちょっと頭を曲げて、 「この川を向こうへ跳び越えてやろうかな。なあに訳ないさ。けれども川の向こう側は、どうも草が悪いからね」とひとりごとを言いました。 すると不意に流れの上の方から、 「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・の中のむずかしい漢字は、今日の読者のためにかなに直した。 一九四八年九月〔一九四九年二月〕 宮本百合子 「あとがき(『伸子』)」
・・・現代の読者にとってそれは不必要な重荷であるから、この選集に収録するにあたって、漢字をだいぶ仮名になおした。文章そのものはもとのままである。 一九四八年九月〔一九四八年十二月〕・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・一太は、小学校へ一年行ったぎりで仮名も碌に知らなかった。雑誌などなかったから、一太は寝転んだまま、小声で唐紙を読んだ。さっきも云った隣との区切りの唐紙が、普通の襖紙で貼ってなく、新聞の附録の古くさい美人画や新聞や、そこらに落こちていた雑誌の・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・気は盛んなもので、ただおばあ様のおみやげが乏しくなったばかりでなく、おっか様のふきげんになったのにも、ほどなく慣れて、格別しおれた様子もなく、相変わらず小さい争闘と小さい和睦との刻々に交代する、にぎやかな生活を続けている。そして「遠い遠い所・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・あとには男子に、短い運命を持った棟蔵と謙助との二人、女子に、秋元家の用人の倅田中鉄之助に嫁して不縁になり、ついで塩谷の媒介で、肥前国島原産の志士中村貞太郎、仮名北有馬太郎に嫁した須磨子と、病身な四女歌子との二人が残った。須磨子は後の夫に獄中・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・まア、斎藤といっておきますが、これも仮名ですから、そのおつもりで。」 高田はそう梶に云ってから、この栖方は、特種な武器の発明を三種類も完成させ、いま最後の一つの、これさえ出来れば、勝利は絶対的確実だといわれる作品の仕上げにかかっている、・・・ 横光利一 「微笑」
・・・彼の著として伝わっている『仮名性理』あるいは『千代もと草』は、平易に儒教道徳を説いたものであるが、しかし実は、彼の著書であるかどうか不明のものである。同じ書は『心学五倫書』という題名のもとに無署名で刊行されていた。初めは熊沢蕃山が書いたと噂・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫