・・・叔父上様。」 月日。「謹啓。文学の道あせる事無用と確信致し居る者に候。空を見、雑念せず。陽と遊び、短慮せず。健康第一と愚考致し候。ゆるゆる御精進おたのみ申し上候。昨日は又、創作、『ほっとした話』一篇、御恵送被下厚く御礼申上候。来・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ しかしあらゆる誤解を予想してこれに備える事は神様でなければむつかしい。ここにも案内者と被案内者の困難がある。 私のやっかいになったポツオリの案内者は別れぎわにさらに余分の酒代をねだって気長く付きまとって来た。それを我慢して相手・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ ロシア崇拝の映画人が神様のようにかつぎ上げているかのエイゼンシュテインが、日本固有芸術の中にモンタージュの真諦を発見して驚嘆すると同時に、日本の映画にはそれがないと言っているのは皮肉である。彼がどれだけ多くの日本映画を見てそう言ったか・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・だから旧約全書の神様や希臘の神様はみんな声とか形とかあるいはその他の感覚的な力を有しています。それだから吾人文芸家の理想は感覚的なる或物を通じて一種の情をあらわすと云うても宜しかろうと存じます。そこで問題は二つになります。一は感覚的なものと・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・そうでしょう神様の代表者じゃない、人間の代表者に間違いはない。禽獣の代表者じゃない、人間の代表者に違いない。従って私が茲処にこう立っていると、私はこれでヒューマン・レースをレプレゼントして立っているのである。私が一人で沢山ある人間を代表して・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・たとえば、此世は神様が作ったのだとか、やれ何だとか、平気で「断言」して憚らない。その態度が私の癪に触る。……よくも考えないで生意気が云えたもんだ。儚い自分、はかない制限された頭脳で、よくも己惚れて、あんな断言が出来たものだ、と斯う思うと、賤・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・併し彼等はまるで今迄とは性質の変った思いもかけぬ神様や幸福が先きにあるように考えてるらしいが、私はそうは思わん。我々が斯うして生きてるのは即ち「アンノーン、ハッピネス」じゃないか。ただ気が付かずに迷ってるだけだ。聖人は赤児の如しという言葉が・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・この間の消息を知ってる者は神様と我々二人ばかりだ。人間世界にありうちの卑しい考は少しもなかったのだから罪はないような者であるが、そこにはいろいろの事情があって、一枚の肖像画から一編の小説になるほどの葛藤が起ったのである。その秘密はまだ話され・・・ 正岡子規 「墓」
・・・おお神様、シグナルさんに雷を落とす時、いっしょに私にもお落としくださいませ」 こう言って、しきりに星空に祈っているのでした。ところがその声が、かすかにシグナルの耳にはいりました。シグナルはぎょっとしたように胸を張って、しばらく考えていま・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ 当時小説の神様のように眺められていた横光利一のこの「自由な自意識の確立」論の水源は、「マルクシズムという実証主義の精神」に「突きあたって跳ねかえったものなら、自由というものは、およそどんなものかということぐらい知っていなくちゃ、もうそ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
出典:青空文庫