・・・だから最初の二三時間はひどく能率を上げても、あとがからきしだめで、ほかの人夫が一日七十銭にも八十銭にもなるのに、私は三十四銭にしかならないのです。当時三度食べて煙草を買うと、まずいくら切り詰めても四十五銭はいりました。五日働いた後、私はまた・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ だが、さて、どんな風に実行に移したものかという段になると、丹造にはからきし智慧もなく、あくまで相棒が要った。いいかえれば、再び古座谷某の智慧が必要だった……。 あきれた。いや、正直なところ、以前のことなぞ忘れた顔で、よくもぬけぬけ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・はかない眼鏡説でわずかに慰めているくらいだから、本当はそういう点になるとからきし自信がないのである。己惚れるなど飛んでもないことだ。ことに読書という点でははなはだ自信が無い。鴎外や芥川龍之介などどのようにしてあれ程多読出来たのか、どのように・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・ 組合が厳存していた時代の元気が、からきしなくなってしまっている。それに、西山が驚いたのは、彼等の興味が、他へ動いていることだ。 ごつ/\した、几帳面な藤井先生までが、野球フワンとなっていた。慶応贔屓で、試合の仲継放送があると、わざ・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・老大家のような落ち付きを真似して、静かに酒を飲んでいたのであるが、酔って来たら、からきし駄目になった。 与太者らしい二人の客を相手にして、「愛とは、何だ。わかるか? 愛とは、義務の遂行である。悲しいね。またいう、愛とは、道徳の固守である・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・ 家柄は禰宜様――神主――でも彼はもうからきし埒がないという意味で、禰宜様宮田という綽名がついているのである。 人中にいると、禰宜様宮田の「俺」はいつもいつも心の奥の方に逃げ込んでしまって、何を考えても云おうとしても決して「俺の考」・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫