・・・印刷術と製本術とが、機械でされるようになって以来、生産の簡易化は、全く書物に対する考え方を変えてしまいました。同じく、文化を名目とはするものゝ、珍らしい、特志の出版家でもないかぎり、出版は、資本主義機構上の企業であり、商業であり、商品であり・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・おまけにお辰がいつの間にはいっていたのか、こっそり郵便局の簡易養老保険に一円掛けではいっていたので五百円の保険料が流れ込んだのだ。上塩町に三十年住んで顔が広かったからかなり多かった会葬者に市電のパスを山菓子に出し、香奠返しの義理も済ませて、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・勇猛心というよりか、敢為の気象といったほうがよかろう。すなわち一転すれば冒険心となり、再転すれば山気となるのである。現に彼の父は山気のために失敗し、彼の兄は冒険のために死んだ。けれども正作は西国立志編のお蔭で、この気象に訓練を加え、堅実なる・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・私が二度も罹災して、とうとう津軽の兄の家へ逃げ込んで居候という身分になったのであるが、簡易保険だの債券売却だのの用事でちょいちょい郵便局に出向き、また、ほどなく私は、仙台の新聞に「パンドラの匣」という題の失恋小説を連載する事になって、その原・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・なり、青森を出発した選手が、ここで次の選手と交代になるのだそうで、午前十時少し過ぎ、そろそろ青森を出発した選手たちがここへ到着する頃だというので、局の者たちは皆、外へ見物に出て、私と局長だけ局に残って簡易保険の整理をしていましたが、やがて、・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・之を玩味し給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の器物を交置し、淳朴を旨とし清潔を貴び能く礼譲の道を修め、主客応酬の式頗る簡易にしてしかもなお雅致を存し、富貴も驕・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そうして簡易な解析と手軽な実験によって問題の大きい輪郭を明快に決定するという行き方であったように見える。解析の方法でも、数学者流に先ず最も一般の場合を取扱った後に a=0 b=0 c=0……と置く流儀ではなかったようである。実験の方でも高価・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ たとえば、ばらの葉につくチューレンジ蜂の幼虫を駆除するに最も簡易で有効な方法を知りたいと思って、いろいろな本を物色してみたが、なるほど、多くの本にはこれに関する簡単な記載はあるが、書き方がたいていきわめて概念的で、本を読んだだけで、具・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・それでこの親譲りの簡易測角器械さえあれば、距離のわかったものの大きさ、大きさのわかった物の距離のおおよその見当だけは目の子勘定ですぐにつけられる。これも万人が知っていて損にならないことであるが、木を見ることを教えて森を見ることは教えない今の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・万一受けた親切の償却も簡易な方法で行なわれる。 それだから一見閑静な田舎に住まっていては、とても一生懸命な自分の仕事に没頭しているわけにはいかない。それには都会の「人間の砂漠」の中がいちばん都合がいい。田舎では草も木も石も人間くさい呼吸・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
出典:青空文庫