・・・三十にもなろうとする息子をつかまえて、自分がこれまでに払ってきた苦労を事新しく言って聞かせるのも大人気ないが、そうかといって、農場に対する息子の熱意が憐れなほど燃えていないばかりでなく、自分に対する感恩の気持ちも格別動いているらしくも見えな・・・ 有島武郎 「親子」
・・・父母の恩、師の恩、国土の恩、日蓮をつき動かしたこの感恩の至情は近代知識層の冷やかに見来ったところのものであり、しかも運命共同体の根本結紐として、今や最も重視されんとしつつあるところのものである。 しかるにその翌月、十一月十一日には果して・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・のであったかもしれない。そうして相撲の結果として足をくじいてびっこを引くこともあったらしい。それから、これは全く偶然ではあろうが、この同じヘブライ語が「撲」の漢音「ボク」に通ずるのが妙である。一方で和音「すまふ」はこれは相撲の音から転じたも・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・なるほど、細根大根を漢音に読み細根大根といわば、口調も悪しく字面もおかしくして、漢学先生の御意にはかなうまじといえども、八百屋の書付に蘿蔔一束価十有幾銭と書きて、台所の阿三どんが正にこれを了承するの日は、明治百年の後もなお覚束なし。 こ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ただし四条五条という漢音の語なくば「春水」とは言わざりけん。蚊帳釣りて翠微つくらん家の内 特に翠微というは翠の字を蚊帳の色にかけたるしゃれなり。薫風やともしたてかねつ厳島「風薫る」とは俳句の普通に用いるところなれどしか言いて・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫