・・・恐らく二つの弾丸が一寸ほど間隔をおいて頸にあたったものであろう。 二人は、血がたら/\雪の上に流れて凍って行く獲物を前に置いて、そこで暫らく休んでいた。疲れて、のどが乾いてきた。「もう帰ろう。」小村が促した。「いや、あの沼のとこ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・三魂・六魂一空に帰し、感覚も記憶もただちに消滅しさるべき死者その人にとっては、なんのいたみもかなしみも、あるべきはずはないのである。死者は、なんの感ずるところなく、知るところなく、よろこびもなく、かなしみもなく、安眠・休歇にはいってしまうの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ある同志たちが長い間かゝって、この壁の打ち方から自分の名前を知らせあったり、用事を知らせあって連絡をとったときいたことがあるので、俺も色々と打ち方の調子をかえたり、間隔を置いたり、ちゞめたりしてやってみようとしたが、うまく行かなかった。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・子の愛に溺れ浸っているこの親しい感覚は自然とおげんの胸に亡くなった旦那のことをも喚び起した。妻として尊敬された無事な月日よりも、苦い嫉妬を味わせられた切ない月日の方に、より多く旦那のことを思出すとは。おげんはそんな夫婦の間の不思議な結びつき・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 河に沿うて付いている道には、規則正しい間隔を置いて植えた、二列の白楊の並木がある。白楊は、垂れかかっている白雲の方へ、長く黒く伸びている。その道を河に沿うて、河の方へ向いて七人の男がゆっくり歩いている。男等の位置と白楊の位置とが変るの・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・彼女の身内を貫いて、丁度満月の時、海の真中からゆらぎ出す潮のように、新たな、云うに云われない感覚が、流れました。スバーは、我と我身を顧みました。自分に問をかけても見ました、が、合点の行く答えは、何処からも来ません。 或る満月の晩おそく、・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・倫理は、おれは、こらえることができる。感覚が、たまらぬのだ。とてもがまんができぬのだ。 笑いの波がわっと館内にひろがった。嘉七は、かず枝に目くばせして外に出た。「水上に行こう、ね。」その前のとしのひと夏を、水上駅から徒歩で一時間ほど・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・、きまったように、こんな、大めしを食うところや、まんじゅうを十個もたべて目を白黒する場面や、いちまいの紙幣を奪い合ってそうしてその紙幣を風に吹き飛ばされてふたりあわててそのあとを追うところなどあって、観客も、げらげら笑っているが、男爵には、・・・ 太宰治 「花燭」
・・・二十箇ほどのガス燈が小屋のあちこちにでたらめの間隔をおいて吊され、夜の昆虫どもがそれにひらひらからかっていた。テントの布地が足りなかったのであろう、小屋の天井に十坪ほどのおおきな穴があけっぱなしにされていて、そこから星空が見えるのだ。 ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ など言って相擁して泣く芝居は、もはやいまの観客の失笑をかうくらいなものであろう。 さいきん私は、からだ具合いを悪くして、実に久しぶりで、小さい盃でちびちび一級酒なるものを飲み、その変転のはげしさを思い、呆然として、わが身の下落の取・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫