・・・と云う、簡古素朴な祈祷だった。 彼の死骸を磔柱から下した時、非人は皆それが美妙な香を放っているのに驚いた。見ると、吉助の口の中からは、一本の白い百合の花が、不思議にも水々しく咲き出ていた。 これが長崎著聞集、公教遺事、瓊浦把燭談等に・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・狂気のような喚呼が夢中になった彼れの耳にも明かに響いて来た。もう一息と彼れは思った。――その時突然桟敷の下で遊んでいた松川場主の子供がよたよたと埒の中へ這入った。それを見た笠井の娘は我れを忘れて駈け込んだ。「危ねえ」――観衆は一度に固唾を飲・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・と傲語したのは最も痛快なる幕切れとして当時の青年に歓呼された。尾崎はその時学堂を愕堂と改め、三日目に帝都を去るや直ちに横浜埠頭より乗船して渡欧の途に上った。その花々しい神速なる行動は真に政治小説中の快心の一節で、当時の学堂居士の人気は伊公の・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・さなきだに志村崇拝の連中は、これを見て歓呼している。「馬も佳いがコロンブスは如何だ!」などいう声があっちでもこっちでもする。 自分は学校の門を走り出た。そして家には帰らず、直ぐ田甫へ出た。止めようと思うても涙が止まらない。口惜いやら情け・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・叫ぶもの呼ぶもの、笑声嬉々としてここに起これば、歓呼怒罵乱れてかしこにわくというありさまで、売るもの買うもの、老若男女、いずれも忙しそうにおもしろそうにうれしそうに、駆けたり追ったりしている。露店が並んで立ち食いの客を待っている。売っている・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ スピリットに憑かれたように、幾千の万燈は軒端を高々と大群衆に揺られて、後から後からと通りに続き、法華経をほめる歓呼の声は天地にとよもして、世にもさかんな光景を呈するのである。フランスのある有名な詩人がこの御会式の大群衆を見て絶賛した。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・群集は、刻一刻とその数を増し、あの人の通る道々に、赤、青、黄、色とりどりの彼等の着物をほうり投げ、あるいは棕櫚の枝を伐って、その行く道に敷きつめてあげて、歓呼にどよめき迎えるのでした。かつ前にゆき、あとに従い、右から、左から、まつわりつくよ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ つめたいしめった空気がしんとみんなのからだにせまったとき子供らは歓呼の声をあげました。そんなに樹は高く深くしげっていたのです。それにいろいろの太さの蔓がくしゃくしゃにその木をまといみちも大へんに暗かったのです。 ただその梢のところ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・私どもは思わず歓呼の声をあげました。楢や柏の葉もきらきら光ったのです。「おい、ここはどの辺だか見て置かないと今度来るときわからないよ。」慶次郎が言いました。「うん。それから去年のもさがして置かないと。兄さんにでも来て貰おうか。あした・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・信者たちはまるで熱狂して、歓呼拍手しました。デビス長老は、手を大きく振って又何か云おうとしましたが、今度も声が咽喉につまって、まるで変な音になってしまい、とうとう又泣いてしまったのです。 みんなは又熱狂的に拍手しました。長老はやっと気を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫