・・・それなりに評価されていて、紫陽花には珍しい色合いの花が咲けば、その現象を自然のままに見て、これはマア紫陽花に数少い色合であることよ、という風に鑑賞されている。牝鹿がある時どんなに優しく、ある時どんなに猛くてもやはりそれなり牝鹿らしいと見るま・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・や「単なる興奮と感傷」に満足しないで、労働階級は生産機関を握り、社会の運転を担当している階級なのだから、ブルジョア文学者のうかがい知ることの出来ない生産と労働と搾取との世界を解剖し、描写すべきであると主張された。 プロレタリア文学運動が・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・のウファ映画によくつき纏っている感傷性とは違った世界が描き出されたのではなかろうか。 その日は雨降りだから、すいているだろうと思って昼間の武蔵野館へ行ってみたのであったが、一杯のいりであった。たくさんの女のひとが熱心にみている。ぴったり・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 私は殊に、芸術家の如何なる階層の人もこの自然美の観賞と云う事に敏い眼を持って居て欲しいと思う。 私共がすでに自然の産物である以上、その親をしたうに何の批評が入用ろう、 何の思考が入ろう。 或人は室中に何も置かない方がまとま・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・ 柔い色のオール・バックの髪や、芸術観賞家らしい眼付が、雑然とした宿屋の周囲と、如何にも不調和に見えたのである。始め、彼はAを思い出さないように見えた。何となく知ろうと努め、一方用心しているように感ぜられ、自分の私かな期待を裏切って、初・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・無事に女学校教育を終らせて、嫁入らせようとしている親の手にわたすのが、一貫した目的であったから、万事が事大主義で、髪の形まで、干渉した。ほんの何年か経ったあとには、すべての女学生はおかっぱとさえなったが、一般がそうなればその女学校の先生たち・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ こういう風に見て来て、あの答えを考え直すと、あのひとは日ごろ何と云っても曖昧な鑑賞の態度で映画も見ているのだと思う。自分にはっきり、よさを感じる自分の心持の本質がつかめていないのだと思う。だからいざとなると、主観の上での好きさにたよっ・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ わたくしは、小説をかく者ですから、『仰日』をはじから拝見しながらも、いつかそれを生活的に立体化して感受し、日々の生活の描写にまじえて、自然鑑賞の歌をうけとるという工合になります。生活の歌はほとんどすべて率直であって、その瞬間の真実に立・・・ 宮本百合子 「歌集『仰日』の著者に」
・・・勿論、芸術品に対してそんな下劣な観賞者の言葉を気にする必要はないわけですが、この懸念が実際に女の心の中にあるのは、争われない事実であります。 二 仮りにそうしたデリケートな場合を想像するならば、此処に一人の・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・最近民主主義教育者協会に加えられた紛糾の折、東宝社長が都の当局者に教員資格審査委員としての圧力を加えて、反民主的な干渉をしようとしたことはひろく知られている。 日本の人民が自分たちの健康でゆたかな毎日の生活と文化を求めて努力している心は・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
出典:青空文庫