・・・従って僕の妻は、それ以来僕に対して、敵意のある監視を加え始めた。いや、事によると時々は、君にさえ僕と同様の警戒を施していたかも知れない。』私『そう云えば、いつか君の細君は、書斎で我々が話しているのを立ち聴きをしていた事があった。』三浦『そう・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「君が監視をやめたのは?」「十一時二十分です。」 吉井の返答もてきぱきしていた。「その後終列車まで汽車はないですね。」「ありません。上りも、下りも。」「いや、難有う。帰ったら里見君に、よろしく云ってくれ給え。」 ・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・そこで彼等は好奇心に駆られて、注意深く彼を監視し始めた。すると果して吉助は、朝夕一度ずつ、額に十字を劃して、祈祷を捧げる事を発見した。彼等はすぐにその旨を三郎治に訴えた。三郎治も後難を恐れたと見えて、即座に彼を浦上村の代官所へ引渡した。・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・「可哀そうに。監視されながら、芝居を見ているようだ。」――穂積中佐は憐むように、ほとんど大きな話声も立てない、カアキイ服の群を見渡した。 三幕目の舞台は黒幕の前に、柳の木が二三本立ててあった。それはどこから伐って来たか、生々しい実際・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・そうして千枝子にはわからなくても、あの怪しい赤帽が、絶えずこちらの身のまわりを監視していそうな心もちがする。こうなるともう鎌倉どころか、そこにいるのさえ何だか気味が悪い。千枝子はとうとう傘もささずに、大降りの雨を浴びながら、夢のように停車場・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・自分等は其の厳しい監視の下に、一人々々凡て危険と目ざされる道具を船に残して、大運搬船に乘り込ませられたのであった。上げて来る潮で波が大まかにうねりを打って、船渠の後方に沈みかけた夕陽が、殆ど水平に横顔に照りつける。地平線に近く夕立雲が渦を巻・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・という冠詞をつけて呼ばねばならなくなるのである。 この論者の誤謬は、自然主義発生当時に立帰って考えればいっそう明瞭である。自然主義と称えらるる自己否定的の傾向は、誰も知るごとく日露戦争以後において初めて徐々に起ってきたものであるにかかわ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ と一処に団まるから、どの店も敷物の色ばかりで、枯野に乾した襁褓の光景、七星の天暗くして、幹枝盤上に霜深し。 まだ突立ったままで、誰も人の立たぬ店の寂しい灯先に、長煙草を、と横に取って細いぼろ切れを引掛けて、のろのろと取ったり引いた・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ それにしても、今、吉弥を紹介しておく方が、僕のいなくなった跡で、妻の便利でもあろうと思ったから、――また一つには、吉弥の跡の行動を監視させておくのに都合がよかろうと思ったから――吉弥の進まないのを無理に玉をつけて、晩酌の時に呼んだ。料・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を満盛した和歌漢詩新体韻文の聚宝盆で、口先きの変った、丁度果実の盛籠を見るような色彩美と清新味で人気を沸騰さした。S・S・Sとは如何なる人だろう、と、未知の署名者の謎がい・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫