・・・だから、批評家が一朝机上の感想で、之を破壊することは不可能であるし、また無理だと思う。 茲では、其の事について云うのでない。要は、理想主義によらず、自然主義によらず、享楽主義によらず、主義と其の主張を問うのでなく、芸術品として出来上った・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・ 女はどうぞとこちらを向いて、宿の丹前の膝をかき合わせた。乾燥した窮屈な姿勢だった。座っていても、いやになるほど大柄だとわかった。男の方がずっと小柄で、ずっと若く見え、湯殿のときとちがって黒縁のロイド眼鏡を掛けているため、一層こぢんまり・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・自分の恋人や、夫についての感想をひとに求める女ほど、私にとってきらいなものはまたと無いのである。露骨にいやな顔をしてみせた。 女はすかされたように、立ち止まって暫らく空を見ていたが、やがてまた歩きだした。「貴方のような鋭い方は、あの・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・という感想を書いたが、しかし、その時私の突いた端の歩は、手のない時に突く端の歩に過ぎず、日本の伝統的小説の権威を前にして、私は施すべき手がなかったのである。少しはアンチテエゼを含んでいたが、近代小説の可能性を拡大するための端の歩ではなかった・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「まず、満州へ行く感想といった題で一文いただけませんか」「誰が満州へ行くんだい?」「あなたが――。今日のうちの消息欄に出てましたよ」「どれどれ……」 と、記者の出した新聞を見て、「――なるほど、出てるね。エヘヘ……。・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・前途に横たわる夢や理想の実現のために、寝床を這い出して行く代りに、寝床の中で煙草をくゆらしながら、不景気な顔をして、無味乾燥な、発展性のない自分の人生について、とりとめのない考えに耽っているのである。 そして、それが私にとって楽しいわけ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・それに心附いた時は、もうコップ半分も残ってはいぬ時で、大抵はからからに乾燥いで咽喉を鳴らしていた地面に吸込まれて了っていた。 この情ない目を見てからのおれの失望落胆と云ったらお話にならぬ。眼を半眼に閉じて死んだようになっておった。風は始・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・それに立合った時の感想はここに書きたくない。やはり、どこまでも救われない自我的な自分であることだけが、痛感された。粗末なバラックの建物のまわりの、六七本の桜の若樹は、もはや八分どおり咲いていた。……・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・そしてこの春福島駅で小僧を救った――時の感想が胸に繰返された。「そうだ! 田舎へ帰るとああした事件や、ああした憫れな人々もたくさんいるだろう。そうした処にも自分の歩むべき新しい道がある……」 しかしその救いを要する憫れな人というのは・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。 川水は荒神橋の下手で簾のようになって落ちている。夏草の茂った中洲の彼方で、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺鴒が飛んでいた。 背を刺すような日表は、・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫