・・・であることと「簡素」であることと「謙抑」であることとが云われているが、現代の性格として私たちの日常は周囲にその文字どおりの気風を感じながら暮しているだろうか。簡素であるということは単純でもあり淡白でもあるということになるだろうが岡崎義恵氏の・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・には農村の生活、作物に対する農民の心配と小兎との関係が、人間の側の心持から、写実的に、簡素に修飾すくなくうたわれているのが私達の注目をひく。「うぐひす」には、これまでの詩の華麗流麗な綾に代る人生行路難の暗喩がロマンティックな用語につつまれつ・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・境内一帯に、簡素な雄勁な、同時に気品ある明るさというようなものが充満していた。建物と建物とを繋いだ直線の快適な落付きと、松葉の薫がいつとはなししみこんだような木地のままの太い木材から来る感銘とが、与って力あるのだ。 黄檗の建物としてはど・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・るということは、とりも直さず家庭での仕事、外での勤労が規則的に行われること、簡単に着換えられる衣類の形であること、生活の感情の多様さが活かされている社会の雰囲気であるということを語っていて、そこに簡単簡素ということは単調と同じものではないと・・・ 宮本百合子 「働くために」
・・・たとえば近頃往来に出ている立看板の「簡素の中の美しさ」という言葉を、本当に生活のなかから湧きいでた女性の健やかな美感への成長として実感してゆくのも来年の事だし、こんなに炭の不足している一冬を、互に協力して体も丈夫に仕事も停滞させず過しぬいた・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・元帥ほどの人物が、そこを見落していなかったことは、彼の日常生活の簡素な心がけや、歴史の上に箇人的武勇を誇示することを嫌ったというところにあらわれていると見ることが出来る。 ところが、元帥をかこむ社会関係においてその心持は、常に十分活かし・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・母が幼年及び少女時代を過した築地向島時代の思い出には、明治開化期前後の東京生活が髣髴として興味ふかく初霜には若かりし父母のつつましい日常の姿が簡素な行文の間に愛らしく子等の前に輝いている。 頁数その他の関係から、この一冊には母が書きのこ・・・ 宮本百合子 「葭の影にそえて」
・・・お嬢さん、と云われることのなかにおのずから重苦しく感じさせられる境遇の格式ばった窮屈さや、どこかでその力に従わせられている自分への反撥として、より簡素な娘という云いかたへの趣向があるのだと思われる。実際の条件がそれでどう変化しているかは兎も・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
・・・製作態度の質実はやがて表現の簡素と充実とをもたらすだろう。 私は芸術的良心が生活態度の誠実でない人の心に栄えるとは思わない。四 フランスやイタリアの作家には饒舌が眼につく。私はダヌンチオやブウルジェエの冗漫に堪え切れない・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・一本の幹と、簡素に並んだ枝と、楽しそうに葉先をそろえた針葉と、――それに比べて地下の根は、戦い、もがき、苦しみ、精いっぱいの努力をつくしたように、枝から枝と分かれて、乱れた女の髪のごとく、地上の枝幹の総量よりも多いと思われる太い根細い根の無・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫