・・・智謀にも長け、情に篤く、大胆な決断力をも蔵していたであろうが、例えばバルチック艦隊全滅の勝利にしろ戦争は独り角力でない以上、対手かたの条件との相対的な関係というものが大きい作用をしている。 あの時分のロシアは、ヨーロッパの眠れる熊と呼ば・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・ 温帯や寒帯の植物は、熱帯になんかありません。僕知ってらあ」と云う風です。 可愛い女の子のドラは、ロザリー自身が熱中して聞いたお話に、つまらなそうな表情を示します。まるで空想のない、まるで感興のない子供達。ロザリーが選んでつけた学問のあ・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・ 切角、田舎から出て来られたのだし、お前の立場としても同情されるから、うちでは、出来る丈歓待してあげたい。然し、一方、そう云うことがあっては、何だか、まるで嘘偽で、実に辛い義務になって仕舞う。母は、若しそう云うことになれば、東京に居て会・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ビルディングの暖房もずっと減ったり無くなったりするそうですから「寒帯ビル」も出現するそうです。そうしたら七十二歳の老人が主唱で更に「外套無し」を宣伝しはじめているというニュースが新聞に出ていました。 この間東北の或る地方へ旅行したひとの・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・祖国ギリシャの敗戦のとき、シラクサの城壁に迫るローマの大艦隊を、錨で釣り上げ投げつける起重機や、敵船体を焼きつける鏡の発明に夢中になったアルキメデスの姿を梶はその青年栖方の姿に似せて空想した。「それにはまた、物凄い青年が出てきたものだな・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 三渓園の原邸では、招待して待ち受けてでもいたかのように、款待をうけた。漱石としては初めて逢う人ばかりであったが、まことに穏やかな、何のきしみをも感じさせない応対ぶりで、そばで見ていても気持ちがよかった。世慣れた人のようによけいなお世辞・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫