・・・やがて時が迫って来て彼女の特有な心持ちにはいると、突如全身の情熱を一瞬に集めて恐ろしい破裂となり、熱し輝き煙りつつあるラヴァのごとくに観客の官能を焼きつくす。その感動の烈しさは劇場あって以来かつてない事である。この瞬間には彼女は自己というも・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・愛の歓喜にある時彼はその幸福の永遠性を望まないか。官能の悦楽のあとで彼はそのはかなさに苦しまないでいられるか。痛苦を堪え忍ぶ時彼はこの生が生理的偶然に過ぎないという考えを悦ぶことができるか。――この問いに「否」と答える人の多いことはわかって・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・あらゆる形象と心霊、官能と情緒、運動と思想、――すべてが象徴としてこの表現のためには使役される。そこに芸術家特有の創作が始まるのである。 第一に高められたる生命がなくてはならぬ。生の充実、完全、強烈、――従って人格価値の優秀……生の意義・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
・・・彼は怒る。製作の上では価値を倒換しても、日常生活においてはその倒換を欲しない。 視点を製作にのみ限る時には、事情はやや異なって来る。この範囲でJは態度の純一を欠かない。彼は官能享楽にのみ価値を認めて、誠実にそれを徹底させる。製作において・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・我々はここに享楽的浮浪人としての画家、道義的価値に無関心な官能の使徒としての画家を見ずして、人類への奉仕・真善美の樹立を人間最高の目的とする人類の使徒としての画家を見る。もとより画家である限り、その奉仕は「美」への奉仕に限られている。しかし・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫