・・・滑車がけたたましい音をたてて鉄の溝を滑った。がたぴしする戸ばかりをあつかい慣れている彼れの手の力があまったのだ。妻がぎょっとするはずみに背の赤坊も眼を覚して泣き出した。帳場にいた二人の男は飛び上らんばかりに驚いてこちらを見た。そこには彼れと・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・かれは、その飲食店の硝子戸をこじあけるのに苦労した。がたぴしして、なかなかあかないのである。あまの岩戸を開けるような恰好して、うむと力こめたら、硝子戸はがらがらがら大きな音たてて一間以上も滑走し、男爵は力あまって醜く泳いだ。あやうく踏みとど・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 私は馬場の興奮に釣られてうろうろしはじめ、蒲団を蹴って起きあがり、馬場とふたりで腐りかけた雨戸をがたぴしこじあけた。本郷のまちの屋根屋根は雨でけむっていた。 ひるごろ、佐竹が来た。レンコオトも帽子もなく、天鵞絨のズボンに水色の毛糸・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ちゃんと雨戸まで、しめて行ったのね。がたぴし、あの雨戸をしめるのに、苦労していたらしいわ。」 見ると、なるほど、雨戸はちゃんとしめてある。すると、私は、誰もいない真暗い部屋で、ひとりでいい気になって、ながながと説教していたものとみえる。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・こんなまとまりのない、二重三重の不均衡でがたぴし、民族の隷属がむき出されているありさまが、わたしたち日本人の文化の本質だというのだろうか。 戦時中の反動で、しきりに教養だの文化だのと求めながら、わたしたちは必要なだけの真面目さで今日の文・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・こんにちエロティックな文学、グロテスクな文学、自虐的な文学、それぞれが、このがたぴしした資本主義社会生活の矛盾そのものの中に自分をらくに流してゆく溝をもっている。これに反して、新しい人間生活のために暗渠をつくり、灌漑用水を掘り、排水路をつけ・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・馬車はがたぴしと夜道を行く。遠く遠く夜道を行く。そのうちに彼誰時が近くなった。その時馬がたちまち駆歩になって、車罔は石に触れて火花を散らした。ツァウォツキイは車の小さい穴から覗いて見た。馬車は爪先下りの広い道を、谷底に向って走っている。谷底・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫