・・・バスの前方のガラスを流れている。 降りる頃には またやんでしまっていた。◎芝居のかえり。初日で十二時になるアンキーとかいう喫茶。バーの女給。よたもん。茶色の柔い皮のブラウズ。鼠色のスーとしたズボン。クラバットがわりのマッフラ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・息子に投資して値上りを待っていたら突然ガラを食ったというようなものでしょう。」 地道な子を育てようとして、そう行かなかったとしてそれは母だけの罪ではないことを作者は認めている。子供のことはもう家庭の中でだけ解決した時代が過ぎた。そのこと・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・ 雪はこの返事をしながら、戸を開けて自分が這入った時、大きい葉巻の火が、暗い部屋の、しんとしている中で、ぼうっと明るくなっては、又微かになっていた事を思い出して、折々あることではあるが、今朝もはっと思って、「おや」と口に出そうであったの・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・女房にはひどく可哀がられていた。女房はもとけちな女中奉公をしていたもので十七になるまでは貧乏な人達を主人にして勤めたのだ。 ある日曜日に暇を貰って出て歩くついでに、女房は始めてツァウォツキイと知合いになった。その時ツァウォツキイは二色の・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・しかし稚拙ながらにも、あふれるように感情に訴えるものを持っていることは、否むわけに行かない。それについてまず第一にはっきりさせておきたいことは、この稚拙さが、原始芸術に特有なあの怪奇性と全く別なものだということである。わが国でそういう原始芸・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫