・・・ In a word という小題で、世人、シェストフを贋物の一言で言い切り、構光利一を駑馬の二字で片づけ、懐疑説の矛盾をわずか数語でもって指摘し去り、ジッドの小説は二流也と一刀のもとに屠り、日本浪曼派は苦労知らずと蹴って落ちつき、はなは・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 春信の贋物をかいたという事で評判のよくない人ではあるが、随筆を読んでみると色々面白い事が書いてある。ともかくも「頭の自由な人」ではあったらしい。日本人の理化学思想に乏しい事を罵ったり、オリジナリティのない事またそれを尊重しない事を誹っ・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ほんとうの神秘を見つけるにはあらゆる贋物を破棄しなくてはならないという気がする。 六 日本の春は太平洋から来る。 ある日二階の縁側に立って南から西の空に浮かぶ雲をながめていた。上層の風は西から東へ流れているら・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・「僕にも近頃流行るまがい物の名前はわからない。贋物には大正とか改良とかいう形容詞をつけて置けばいいんだろう。」と唖々子は常に杯を放なさない。「ああいう人たちのはく下駄は大抵籐表の駒下駄か知ら。後がへって郡部の赤土が附着いていないとい・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・その忠告者をば内心に軽侮し、因循姑息の頑物なりとてただ冷笑したるのみのことならん。 されば我々年少なりといえども、二十年前の君の齢にひとし。我々の挙動、軽躁なりというも、二十年前の君に比すれば、深く譴責を蒙るの理なし。ただし、君は旧幕府・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・それも主として日本画の贋物が多いということ、東京郊外の畑や藪が分譲となっておどろくばかりの売れ行を示しているということ。市内のデパートで百円以上の反物が飾窓に出されて数時間のうちに売れてしまうということ、角力と芝居と花柳界の繁昌は未曾有であ・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
・・・何故そんな贅沢をするかと人が問うと、石鹸は石鹸でなくてはいけない、贋物を使う位なら使わないと云っている。五分刈頭を洗う。それから裸になって体じゅうを丁寧に揩く。同じ金盥で下湯を使う。足を洗う。人が穢いと云うと、己の体は清潔だと云っている。湯・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫