・・・私……もう、やがて、船の胡瓜も出るし、お前さんの好きなお香々をおいしくして食べさせて誉められようと思ったけれど、……ああ何も言うのも愚痴らしい。あの、それよりか、お前さんは私にばかり我ままを云う癖に、遠慮深くって女中にも用はいいつけ得ないん・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・「そう、胡瓜をやって?」「ハア、それで死にそうなのよ」 と言ってる処へ、巡査が通り掛って二人の様子を怪しそうに見て去った。二人は驚いて、「左様なら……」「左様なら……急いでお帰んなさいよ……。」 お富はカラコロカラコ・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ 早生の節成胡瓜は、六七枚の葉が出る頃から結顆しはじめるが、ある程度実をならせると、まるでその使命をはたしてしまったかのように、さっさと凋落して行ってしまう。私は、若くて完成して、そして速かに世を去って行った何人かの作家たちと、この桃や・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・左の方はひろい芝生つづきの庭が見え、右の方は茄子とか、胡瓜を植えた菜園に沿うて、小さい道がお勝手口へつづいている。もちろん私はお勝手口の方へその小さい菜園の茄子や胡瓜にこんにゃく桶をぶっつけぬように注意しながらいったのであるが、気がつくと、・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ わたくしは子供のころ、西瓜や真桑瓜のたぐいを食うことを堅く禁じられていたので、大方そのせいでもあるか、成人の後に至っても瓜の匂を好まないため、漬物にしても白瓜はたべるが、胡瓜は口にしない。西瓜は奈良漬にした鶏卵くらいの大きさのものを味・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・さて当日の模様をざっと書いて見ると、酒の良いのを二升、そら豆の塩茄に胡瓜の香物を酒の肴に、干瓢の代りに山葵を入れた海苔巻を出した。菓子折を注文して、それを長屋の軒別に配った。兄弟分が御世話になりますからとの口上を述べに何某が鹿爪らしい顔で長・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・あれは胡瓜を擦ったんです。患者さんが足が熱って仕方がない、胡瓜の汁で冷してくれとおっしゃるもんですから私が始終擦って上げました」「じゃやっぱり大根おろしの音なんだね」「ええ」「そうかそれでようやく分った。――いったい○○さんの病・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・その剥げた薄い膳には干した川魚を煮た椀と幾片かの酸えた塩漬けの胡瓜を載せていた。二人はかわるがわる黙って茶椀を替えた。膳が下げられて疲れ切ったようにねそべりながら斉田が低く云った。(うん。あの女の人は孫娘らしい。亭主はきっと礦山ひる・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・苹果や梨やまるめろや胡瓜はだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷やだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」 又三郎はちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌を直して云いました。「又三郎、おれぁあんまり怒で悪がた。許せな。」 す・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・人気ない樹かげと長い塀との間の朝の地べたから巨大な白い髄が抽け出たような異様さで、その脚元にくさったトマトの濃い赤さ、胡瓜の皮の青さ、噎えたものの匂いをちらばしている。 通りすぎようとする人影に、コリーは同じほどの高さでその顔を向けた。・・・ 宮本百合子 「犬三態」
出典:青空文庫