・・・漬キャベジの匂いのする食糧販売店の減った石段をトン、トン、トンと下りて行った。 紙切れを見ては、あやしい発音でイクラを買った。漬胡瓜を買った。 ハムを買った。 黒田君の買って来た樅の木は小ぢんまり植木鉢におさまり、しかも二寸ぐら・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・野菜が旨いというので、胡瓜や茄子ばかり食っている。酒はまるで呑まない。菓子は一度買って来いと云われて、名物の鶴の子を買って来た処が、「まずいなあ」と云いながら皆平げてしまって、それきり買って来いと云わない。今一つは馬鹿だということである。物・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・出て来た梶の妻も食べ物の無くなった日の詫びを云ってから、胡瓜もみを出した。栖方は、梶の妻と地方の言葉で話すのが、何より慰まる風らしかった。そして、さっそく色紙へ、「方言のなまりなつかし胡瓜もみ」という句を書きつけたりした。 栖方・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫