・・・ そこでいよいよ現代文芸の理想に移って、少々気焔を述べたいと思います。現代文芸の理想は何でありましょう。美? 美ではない。画の方、彫刻の方でもおそらく、単純な美ではないかも知れないが、それは不案内だから、諸君の御一考を煩わすとして、文学・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・文芸が極致に達したときに、これに接するものはもしこれに接し得るだけの機縁が熟していれば、還元的感化を受けます。この還元的感化は文芸が吾人に与え得る至大至高の感化であります。機縁が熟すと云う意味は、この極致文芸のうちにあらわれたる理想と、自己・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ いや、何時のまにか私も大気焔を吐いて了って。先ずここらで御免を蒙ろう。 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・何らの不平ぞ。何らの気焔ぞ。彼はこの歌に題して「戯れに」といいしといえども「戯れ」の戯れに非るはこれを読む者誰かこれを知らざらん。しかるをなお強いて「戯れに」と題せざるべからざるもの、その裏面には実に万斛の涕涙を湛うるを見るなり。吁この不遇・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・その後は特に俳句のために気焔を吐いて病牀でしばしばその俳句を評論する機会も多くなったが、さてその句はどうかというと、或鋳型の中に一定したという事はないために善いと思う事もあり悪いと思う事もあり、老成だと思う事もあり初心だと思う事もあり、しっ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・日本にのこっている封建的感情は、ハイ・ボールの一杯機嫌で気焔をあげるにしても、すぐ生殺与奪の権をほしいままに握った気分になるところが、いかにもおそろしいことである。この種の人々は、どこの国の言葉が喋れるにしろ、それは常に人間の言葉でなければ・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・ 此等に気焔を上げてしまいましたが、とにかく、此の積極的という事は、万事に就て、こちらの婦人の強みになって居ると思います。良人の僅かな月給を、どうしたら一銭少く使おうかと心配するより、先ず、自分が幾何補助する事が出来るかを考えます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・に対する余りの好評が、却ってその好評の本質への疑問を誘う機縁となったことは興味がある。「ひかげの花」に於ける永井荷風の人生への態度は、このようにして生きる一組の男女もある、と云うことの巧な描写に止っている。作品を貫いて流れているものは荷風年・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 先生が、教える学課を何かの機縁にして、一人一人の生徒が自己を啓発して行くように努力されたことは、公平に、時を惜まず、箇人的な質問に応じられたことでも明であった。 学課についてでも、課外の読書に関してでも、或はもっとプライヴェー・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・この一言が、我々を九州まで運ぶ機縁になろうと誰が思いがけよう。「温泉て――何処?」「別府どんなだろう。」「いやよ、駄目でしょう、あんな処! 俗地らしくてよ。」四月十五日過、二十日過、Yの或る仕事のきりがつく見込みがついたら、私共は遂に自制力・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫