・・・ 強い者勝ち、口の先だけでも偉そうな気焔を吐く者が尊ばれるこういう仲間では、黙って何でも辛棒する禰宜様宮田は、一種の侮蔑を受ける。彼の美点であり、弱点である正直などこまでも控目勝ちなところを彼等は、どしどしと利用するのである。 利用・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ソヴェト・ロシアのことなら何でもいいと云うかもしれないが、五ヵ年計画について気焔をはいていたお前はこの失敗について何というか?」ソヴェト同盟の五ヵ年計画を中條という箇人の特許品のように云う如何にも滑稽な小ブルジュア的間違いはとにかく、箇々の・・・ 宮本百合子 「反動ジャーナリズムのチェーン・ストア」
・・・ところが、その時代はまだ婦人のそういう風な才能を押出すということはその人が社会的に本当に独立していなければ成り立たない、親の脛をかじって気焔を上げても駄目だということが分っていませんでした。そのために平塚さんたちの青鞜社の運動も或る種類の僅・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・そして気焔を吐いた。 ハイド公園に近いピカデリー通りで貴族の邸宅は年々クラブや自動車陳列店と変形しつつあった。そして、バッキンガム宮殿の鉄柵に沿って今もカーキ色服に白ベルトの衛兵が靴の底をコンクリートに叩きつけつつ自働人形的巡邏を続けて・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 秀麿は父の詞を一つ思い出したのが機縁になって、今一つの父の詞を思い出した。それは又或る日食事をしている時の事で「どうも人間が猿から出来たなんぞと思っていられては困るからな」と云った。秀麿はぎくりとした。秀麿だって、ヘッケルのアントロポ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 老年の先生を信州の山の中に追いやった戦禍のことを思うと、まことに心ふさがる思いがするが、しかしそれが機縁になってこの歌集が生まれたことを思えば、悪いことばかりではなかったという気もする。田舎住なま薪焚きてむせべども躑躅山吹花咲・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・そうしてそれが仏教襲来の機縁であった。その後仏教の興隆とともにますます芸術的精練を加えた「偶像」が、いかにわれらの祖先の心に美的魅力を投げ掛けたかは想像するに難くない。ほとんど芸術を持たなかった野蛮人が、たちまちにして生にあふれた芸術品の持・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・だからこの集まりはむしろ若い連中が気炎をあげる会のようになっていたのである。しかし後になっておいおいにわかって来たことであるが、漱石に楯をついていた先輩の連中でも、皆それぞれに漱石に甘える気持ちを持っていた。それを漱石は心得ており、気炎をあ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・はいないことを思わせる。機縁の成熟は「過去」が現在を姙まし、「過去」が現在の内に成長することにほかならなかった。今にして私は「過去を改造する意欲」の意味がようやくわかりかけたように思う。「過去」の重荷に押しつぶされるような人間は、畢竟滅・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・それを書かせる機縁となったのは、芥川の『或阿呆の一生』のなかにある次の一句である。「彼は『新生』の主人公ほど老獪な偽善者に出逢ったことはなかった」。藤村はそれを取り上げて、「私があの『新生』で書こうとしたことも、その自分の意図も、おそらく芥・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫