・・・私の外曾祖父は前にもいう通り、『美少年録』でも『侠客伝』でも皆謄写した気根の強い筆豆の人であったから、『八犬伝』もまた初めは写したに相違ないが、前数作よりも一層感嘆措かなかったので四、五輯頃から刊本で揃えて置く気になったのであろう。それから・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・また○○の木というのは、気根を出す榕樹に連想を持っていた。それにしてもどうしてあんな夢を見たんだろう。しかし催情的な感じはなかった。と行一は思った。 実験を早く切り上げて午後行一は貸家を捜した。こんなことも、気質の明るい彼には心の鬱した・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・僕も桂の家でこれを実見したが今でもその気根のおおいなるに驚いている。正作はたしかにこの祖父の血を受けたに違いない。もしくはこの祖父の感化を受けただろうと思う。 途上種々の話で吾々二人は夕暮に帰宅し、その後僕は毎日のように桂に遇って互いに・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ かりに既婚者の男子が一人の美しき娘を見るのと、未婚者の男子がそうするのとでは、後者の方がはるかに憧憬に満ちたものであることは容易に想像されるであろう。それが未婚者の世界の洋々たる、未知のよろこびなのだ。その如くに童貞者にあるまじりなき・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・(口だけでは、やれ古いのなんのって言うけれども、決して人生の先輩、老人、既婚の人たちを軽蔑なんかしていない。それどころか、いつでも二目も三目始終生活と関係のある親類というものも、ある。知人もある。友達もある。それから、いつも大きな力で私たち・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 十四 おはぐろ 自分たちの子供の時分には既婚の婦人はみんな鉄漿で歯を染めていた。祖母も母も姉も伯母もみんな口をあいて笑うと赤いくちびるの奥に黒耀石を刻んだように漆黒な歯並みが現われた。そうしてまたみんな申し合わせた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・までも、一切万事養家の世話に預り、年漸く長じて家の娘と結婚、養父母は先ず是れにて安心と思いの外、この養子が羽翼既に成りて社会に頭角を顕すと同時に、漸く養家の窮窟なるを厭うて離縁復籍を申出し、甚だしきは既婚の妻をも振棄てゝ実家に帰るか、又は独・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・それだのにこの当然さ自然さのために、今日総ての未婚と既婚の真面目な女性たちが、言い尽せない複雑広範な問題を日々の中に感じている。これはどういう訳だろう。 人間が極く原始な集団生活を営んでいた頃、そこにどんな恋愛と結婚のモラルがあり、・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
出典:青空文庫