・・・ばたばたと机上の書類を片づける。 その時、いきせき切って、ひどく見すぼらしい身なりの女が出産とどけを持って彼の窓口に現われる。「おねがいします」「だめですよ。きょうはもう」 津島はれいの、「苦労を忘れさせるような」にこにこ顔・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・書斎の机上に飾り、ひさしぶりの読書したくなって、机のまえに正坐し、まず机の引き出しを整理し、さいころが出て来たので、二、三度、いや、正確に三度、机のうえでころがしてみて、それから、片方に白いふさふさの羽毛を附したる竹製の耳掻きを見つけて、耳・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・原稿は、そのままするすると編輯者の机上に送り込まれ、それを素早く一読した編輯者を、だいいちばんに失望させ、とにかく印刷所へ送られる。印刷所では、鷹のような眼をした熟練工が、なんの表情も無く、さっさと拙稿の活字を拾う。あの眼が、こわい。なんて・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・美濃は、机上のウイスキイの瓶に手をかけた。「敢えて辞さない。」詩人も立ちあがった。 これでいいのだ。「ロオマの人のために。」ふたり同時に言い、かちっとグラスを触れ合せる。「滅亡の階級のために。チェリオ。」 ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・は菊半裁判、百余頁の美しい本となって彼の机上に高く積まれた。表紙には鷲に似た鳥がところせましと翼をひろげていた。まず、その県のおもな新聞社へ署名して一部ずつ贈呈した。一朝めざむればわが名は世に高いそうな。彼には、一刻が百年千年のように思われ・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・うらうらと晴れて、まったく少しも風の無い春の日に、それでも、桜の花が花自身の重さに堪えかねるのか、おのずから、ざっとこぼれるように散って、小さい花吹雪を現出させる事がある。机上のコップに投入れて置いた薔薇の大輪が、深夜、くだけるように、ばら・・・ 太宰治 「散華」
・・・ いま、ふと、ダンデスムという言葉を思い出し、そうしてこの言葉の語根は、ダンテというのではなかろうか、と多少のときめきを以て、机上の辞書を調べたが、私の貧しい英和中辞典は、なんにも教えて呉れなかった。ああ、ダンテのつよさを持ちたいものだ・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・ 私が机上をちらと見て思わず口をゆがめたのを、素早く彼は見てとった様子で、憤然、とでも形容したいほどの勢いで、その机上の本を取り上げ、「いい小説ですね、これは。」 と言った。「わるい小説は、すすめないさ。」 その本は、私・・・ 太宰治 「母」
・・・所で嗽いして、顔も洗わず部屋へ帰って押入れをあけ、自分の行李の中から、夏服、シャツ、銘仙の袷、兵古帯、毛布、運動靴、スルメ三把、銀笛、アルバム、売却できそうな品物を片端から取り出して、リュックにつめ、机上の目覚時計までジャンパーのポケットに・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ バードが極飛行から無事に屯営に帰って来たのを皆が狂喜して迎え、機上から人々の肩の上にかつぎ上げて連れてくる。その時バードの愛犬が主人に飛びつこう飛びつこうとするのだが人々にさえぎられて近寄れず不平でむやみに駆け回っているがだれも問題に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫