・・・「大分丁寧でございましょう。」「そんな皮肉を言わないで、坊やは?」「寝ました。」「母は?」「行火で、」と云って、肱を曲げた、雪なす二の腕、担いだように寝て見せる。「貴女にあまえているんでしょう。どうして、元気な人です・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・体を、新造が枕頭に取詰めて、このくらいなことで半日でも客を断るということがありますか、死んだ浮舟なんざ、手拭で汗を拭く度に肉が殺げて目に見えて手足が細くなった、それさえ我儘をさしちゃあおきませなんだ、貴女は御全盛のお庇に、と小刀針で自分が使・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「貴女は煙草をあがりますか。」 私はお米さんが、その筒袖の優しい手で、煙管を持つのを視てそう言いました。 お米さんは、控えてちょっと俯向きました。「何事もわすれ草と申しますな。」 と尼さんが、能の面がものを言うように言い・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ と、調子づいて、「さあ、貴女。」 と、甘谷が座蒲団を引攫って、もとの処へ。……身体に似ない腰の軽い男。……もっとも甘谷も、つい十日ばかり前までは、宗吉と同じ長屋に貸蒲団の一ツ夜着で、芋虫ごろごろしていた処――事業の運動に外出が・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・……落して釵を貸そうとすると、「ああ、いや、太夫様、お手ずから。……貴女様の膚の移香、脈の響をお釵から伝え受けたいのでござります。貴方様の御血脈、それが禁厭になりますので、お手に釵の鳥をばお持ち遊ばされて、はい、はい、はい。」あん、と口を開・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ その声にきけば、一層奥ゆかしくなおとうといとうりてんの貴女の、さながらの御かしずきに対して、渠は思わず一礼した。 婦はちょうど筧の水に、嫁菜の茎を手すさびに浸していた。浅葱に雫する花を楯に、破納屋の上路を指して、「その坂をなぞ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・私が、貴女ほどお美しければ、「こんな女房がついています。何の夫が、木曾街道の女なんぞに。」と姦通呼ばわりをするその婆(ええ、何よりですともさ。それよりか、なおその上に、「お妾でさえこのくらいだ。」と言って私を見せてやります方が、上になお奥さ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・何にも知らない不束なものですから、余所の女中に虐められたり、毛色の変った見世物だと、邸町の犬に吠えられましたら、せめて、貴女方が御贔屓に、私を庇って下さいな、後生ですわ、ええ。その 私どうしたら可いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・いや、端から貴女がなさると思った次第でもありません。ちょっと今時珍しかったものですから。――近頃は東京では、場末の縁日にも余り見掛けなくなりました。……これは静でしょうな。裏を返すと弁慶が大長刀を持って威張っている。……その弁慶が、もう一つ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・……ビスマクの首……グラドストンの首……かつて恋しかった女どもの首々……おやじの首……憎い友人どもの首……鬼女や滝夜叉の首……こんな物が順ぐりに、あお向けに寝て覚めている室の周囲の鴨居のあたりをめぐって、吐く息さえも苦しくまた頼もしかった時・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫