・・・すると、それを聴きつけたのが、府庁詰の朝日新聞の記者で、さっそくそれを新聞記事にして「秋山さんいずこ。命の恩人を探す人生紙芝居」という変な見出しで書きたてましたので、私はこれは困ったことになったわいと恥しい思いをしていました。ところが、その・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そんな見出しの新聞記事を想像するに及んで、苦悩は極まった。 いろいろ思い案じたあげく、今のうちにお君と結婚すれば、たとえ姙娠しているにしてもかまわないわけだと、気がつき、ほっとした。なぜこのことにもっと早く気がつかなかったか、間抜けめと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ だが、母もマリヤもおれがこうもがきじにに死ぬことを風の便にも知ろうようがない。ああ、母上にも既う逢えぬ、いいなずけのマリヤにも既う逢えぬ。おれの恋ももう是限か。ええ情けない! と思うと胸が一杯になって…… えい、また白犬めが。番人・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ その隣りは木地屋である。背の高いお人好の主人は猫背で聾である。その猫背は彼が永年盆や膳を削って来た刳物台のせいである。夜彼が細君と一緒に温泉へやって来るときの恰好を見るがいい。長い頸を斜に突き出し丸く背を曲げて胸を凹ましている。まるで・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ 少し我が儘なところのある彼の姉と触れ合っている態度に、少しも無理がなく、――それを器用にやっているのではなく、生地からの平和な生まれ付きでやっている。信子はそんな娘であった。 義母などの信心から、天理教様に拝んでもらえと言われると・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快な戦慄を禁じることができなかった。 闇! そのなかではわれわれは何を見ることもできない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえできない・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・なんでも僕は、新聞記事を見てだったか、本を読んでだったか、その日興奮していた。話は、はずんだ。僕は、もう十年か十五年もすれば吾々の予期するような時代がやって来るだろう。その時には地主も資本家やその他の、現在に於ける社会的地位が、がらりと変っ・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・ おれらをダシに使って記事を書こうとしてやがんだ! 俺れらを特種にするよりゃ、さきに、内地の事情を知らすがいゝ。」 彼等は、記者が一枚の写真をとって部屋を出て行くと、口々にほざいた。「俺ら、キキンで親爺やおふくろがくたばってやしねえ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・これは、取りも直さず、これらの諸作家が平常の如何に関らず戦争に際して、動員され得るだけの素地を持っていたことを物語るものである。岩野泡鳴には凱旋将軍を讃美した詩がある。 自然主義運動に対立して平行線的に進行をつゞけた写生派、余裕派、低徊・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・を申しましょうなら、端役の人物の事ゆえ『八犬伝』を御覧の方でも御忘れでしょうが、小文吾が牛の闘を見に行きました時の伴をしました磯九郎という男だの、角太郎が妻の雛衣の投身せんとしたのを助けたる氷六だの、棄児をした現八の父の糠助だの、浜路の縁談・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
出典:青空文庫