・・・それは人間的な素地として、其々の専門部門への特別な天稟とともに備えている。其々の時代の制約と闘うということも共通である。苦心するのも共通である。「ロダンの言葉」という二巻の本がある。これが、ロダンの芸術を益々ふかく理解させるばかりか、後・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・建物と建物とを繋いだ直線の快適な落付きと、松葉の薫がいつとはなししみこんだような木地のままの太い木材から来る感銘とが、与って力あるのだ。 黄檗の建物としてはどちらが純正なものなのか。或は唯造営者の気稟の相異だけでこうも違うのか。私共は解・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・あすこには、ほんとうに腹から笑う素朴なおかしさと、生地むいだしの人間らしさとがあってシェクスピアという戯曲家の着目と力量とが、全くひととおりのものでないことをうなずかせた。 この職人衆のリアリスティックな場面に対して、二組の恋人たちが、・・・ 宮本百合子 「真夏の夜の夢」
・・・人々から断片的にあつめたインフォーメエションの上に立ち、而も作家としての立場からそれらの情報、説明を現実に照らし合わせて正当に判断するだけの力はない作者の無知が、言葉の綾では収拾つかぬ程度にまで作品の生地に露出している。それだけであるならば・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・これは学術上の現症記事ではないから、一々の徴候は書かない。しかし卒業して間もない花房が、まだ頭にそっくり持っていた、内科各論の中の破傷風の徴候が、何一つ遺れられずに、印刷したように目前に現れていたのである。鼻の頭に真珠を並べたように滲み出し・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・松永貞徳とともに、『妙貞問答』の著者不干ハビアンを訪ねた時の記事である。その時、まず第一に問題となったのは、「大地は円いかどうか」ということであった。羅山はハビアンの説明を全然受けつけず、この問題を考えてみようとさえしていない。次に問題とな・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・君子道徳と結びつき得る素地は、ここに十分に成立しているのである。 この道徳の立場は、「敵を愛せよ」という代わりに「敵を敬せよ」という標語に現わし得られるかもしれない。「信玄家法」のなかに、敵の悪口いうべからずという一項がある。敵をののし・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・むしろ自分の内のすべてを流動させ、燃え上がらせ、大きい生の交響楽を響き出させる素地をつくるのです。 この「教養」は青春期においては、その感覚的刺激の烈しくない理由によって、きわめて軽視されやすいものです。しかしその重大な意義は中年になり・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫