・・・彼が鶏に餌をやろうとしていた時、KS電鉄の重役が贈賄罪で起訴収容され、電車は、おじゃんになってしまったことを、村の者が知らしてきたのである。「何だ、そんなことで腰をぬかすなんて!」 僕は立つことの出来ない親爺を見ながらなぜか、清々と・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・これを聞いていた源三はしくしくしくしくと泣き出したが、程立って力無げに悄然と岩の間から出て、流の下の方をじっと視ていたが、堰きあえぬ涙を払った手の甲を偶然見ると、ここには昨夜の煙管の痕が隠々と青く現れていた。それが眼に入るか入らぬに屹と頭を・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ そして、この一致・合同は、つねに自己保存が種保存の基礎であり、準備であることによっておこなわれる。豊富なる生殖は、つねに健全なる生活から出るのである。かくて新陳代謝する。種保存の本能が、大いに活動しているときは、自己保存の本能は、すで・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 而して此一致・合同は、常に自己保存が種保存の基礎たり準備たることに依て行われる、豊富なる生殖は常に健全なる生活から出るのである、斯くて新陳代謝する、種保存の本能大に活動せるの時は、自己保存の本能は既に殆ど其職分を遂げて居る筈である、果・・・ 幸徳秋水 「死生」
「モップル」が、「班」組織によって、地域別に工場の中に直接に根を下し、大衆的基礎の上にその拡大強化をはかっている。 ××地区の第××班では、その班会を開くたびに、一人二人とメンバーが殖えて行った。新しいメンバーがはいって・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・ 豆の話 俺はとう/\起訴されてしまった。Y署の二十九日が終ると、裁判所へ呼び出されて、予審判事から検事の起訴理由を読みきかせられた。それから簡単な調書をとられた。「じゃ、T刑務所へ廻っていてもらいます。いずれ又・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ こんなことを三吉が言出すと、お新は思わずその話に釣り込まれたという風で、「ほんとに、昨日のようにびっくりしたことはない。お母さんがあんな危ないことをするんだもの。炭俵に火なぞをつけて、あんな垣根の方へ投ってやるんだもの。わたしは、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ウイリイは、その朝早く起きて窓の外を見ますと、家の戸口のまん前に、昨日までそんなものは何にもなかったのに、いつのまにか、きれいな小さな家が出来ていました。ふた親もおどろいて出て見ました。上から下まできれいな彫り飾りがついたりしていて、ウイリ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 検事は、男を、病気も重いことだし、不起訴にしてやってもいいと思っていたらしい。男は、それを見抜いていた。一日、男を呼び出して、訊問した。検事は、机の上の医師の診断書に眼を落しながら、「君は、肺がわるいのだね?」 男は、突然、咳・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・ ご亭主の話に依ると、夫は昨夜あれから何処か知合いの家へ行って泊ったらしく、それから、けさ早く、あの綺麗な奥さんの営んでいる京橋のバーを襲って、朝からウイスキーを飲み、そうして、そのお店に働いている五人の女の子に、クリスマス・プレゼント・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫