・・・その堂がもう出来て、切組みも済ましたで、持込んで寸法をきっちり合わす段が、はい、ここはこの通り足場が悪いと、山門内まで運ぶについて、今日さ、この運び手間だよ。肩がわりの念入りで、丸太棒で担ぎ出しますに。――丸太棒めら、丸太棒を押立てて、ごろ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・三枚にきっちり入れるために、何度も書き直す。実に大変な苦労だ。この苦労が新聞が終るまで、いや、小説を書いている限り、毎晩つづくのだと思うと、悲壮な気持にさえなるが、しかし、これほど苦労しても、結局どれほどの作品が出来るのかと考える方が、はる・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・四ツに畳んできっちり重ねてあった蓆がばらばらにされていた。空俵はもと置いてあった所から二三尺横に動いていた。「こりゃ、この下に一度かくして、また取り出したんだな。」彼はこんなところへ気をまわした。「こんなところはなお人が注意するからだな・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・そう云って、園子はそっと香水をにじませた手巾を鼻さきにあて、再び二階へ上った。きっちり障子を閉める音がした。「お前はむさんこに肥を振りかけるせに、あれは嫌うとるようじゃないかいの。」ばあさんは囁いた。「そうけえ。」「また、何ぞ笑・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・そうすると、まるで、じぶんの寸法を取ってこしらえたように、きっちり合いました。それから、馬に乗って、あぶみへ両足をかけて見ますと、それもちゃんと、じぶんの脚の長さに合っています。 ウイリイは、そのまま世の中に出て、運だめしをして来たくな・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・胸はダブルの、金ボタンを七つずつ、きっちり並べて附けました。ボタンの列の終ったところで、きゅっと細く胴を締めて、それから裾が、ぱっとひらいて短く、そこのリズムが至極軽妙を必要とするので、洋服屋に三度も縫い直しを命じました。袖も細めに、袖口に・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・成熟した女学生がふたり、傘がなくて停車場から出られず困惑の様子で、それでもくつくつ笑いながら、一坪ほどの待合室の片隅できっちり品よく抱き合っていた。もし傘が一本、そのときの私にあったならば、私は死なずにすんだのかも知れない。溺れる者のわら一・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ 日頃酒を好む者、いかにその精神、吝嗇卑小になりつつあるか、一升の配給酒の瓶に十五等分の目盛を附し、毎日、きっちり一目盛ずつ飲み、たまに度を過して二目盛飲んだ時には、すなわち一目盛分の水を埋合せ、瓶を横ざまに抱えて震動を与え、酒と水、両・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・受けた恩は、かならず、きっちりとそれだけ返す。いや、もうお前のお酌では、飲まん! かかを呼んで来い。かかのお酌でなければ、俺は飲まん!」私は一種奇妙な心持がした。別に私は、そんなに彼に飲ませたいと思ってもいないのに。「もう俺は飲まんよ。かか・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・朝起きた時から、よごれの無い、縞目のあざやかな着物を着て、きっちり角帯をしめている。ちょっと近所の友人の家を訪れる時にも、かならず第一の正装をするのだ。ふところには、洗ったばかりのハンケチが、きちんと四つに畳まれてはいっている。 私は、・・・ 太宰治 「新郎」
出典:青空文庫