・・・沓掛から、きっちり予定通り八月三十一日に網野さんは帰って来た。一日の晩、八時頃、私共は一つ机のところにかたまって一冊の綴込みを読んでいた。夕暮から雨になったので門を潜戸しかあけてなかった。ふと玄関に女の声がした。「おや――網野さんじゃな・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・あわてて茶の間に出て見たら、きっちり片づいた卓子の上に一つころりとのって居る夏蜜柑に溢れるように澄んだ朝日がさして居た。 Y出かけてから、私は改めて一寝入りした。十時半頃起きた。今月は雨が多く、鬱陶しく壁の湿っぽいような日が続いたが、今・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・質のよい熟練工、技術家、専門家としてきっちりソヴェト生産の中軸的活動者となっている。或る産業に永年従事するものの特別な気持。階級闘争の現実的な経験。五ヵ年計画実現に関連して、或る産業に従事する労働者の独特な生活に起った独特な社会的変化などは・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 髪をこってりと櫛目だてて分け、安物だがズボンの折目はきっちり立った荒い縞背広を着たその男は、黒い四角い顔で私を睨み、「そこへかけて」 顎で椅子をしゃくった。自分は腰をおろした。縞背広は向い合う場所にかけ、「警視庁から来た者・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・そして入って来ると、その長靴の踵をきっちり揃え、背のたかい腰をいんぎんにかがめ、下から何かをすくいあげるような手つきで握手をもとめる。 日本女は二人で一室に住んでいた。二年近くモスクワではそうして暮して来た。「しゃっちこばり」の、静脈の・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 仕舞は、整えられ美とされている線であるにしろ、そうやって既に制約されつめた動作を、又別の制約で鋳つける。きっちりときまりに従って、爪先を一分刻みに移してゆくような緊張を求められている。それも、或る種の娘さんの性格や感情には一つの快感で・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・彼女はこみあげて来る心に堪えかねて呻くのだ、その呻きとプーシュキンの詩句とがきっちり結びつけて離れない。そういうものだろうと思う。マーシャを演じた女優は、此点、掴みようが足りなく感じられた。そして、其が全般に及ぼしているらしく思われた。・・・ 宮本百合子 「「三人姉妹」のマーシャ」
・・・ 第二は、可なり朦朧とした Creature と Beings の説明で、第三から人体、衣食住に関する常識以下、博物、地文、産業、経済、物理、生理にまできっちり七行ずつ、触れている。そして最後は上帝への礼拝で終っている。 ほんの七行・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・やせぎすの浅黒い顔、きっちりとしてかりこんだ髪。つれの女の子、チェックのアンサンブル黒いハンドバッグと手袋とをその男がもってやっている。このよた、ちっとも笑顔をせず。「あっちへつけときましたから」「おつけになって下さいましたの?」・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・ 女は台所もきっちりし、自分が料理しているべきだという観念が、わたくし達女の気持にも強く這入っている。それをちゃんとやって行かぬと、自分自身も気持が悪いところがある。併し今日の世の中で、一人の女の人が一人でアパートを持ってともかく暮して・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
出典:青空文庫