・・・「――台処の木戸あけたかい? 今朝」「いいえ」「――昨夜、この部屋に居たのは――小幡とふきだけだね」「ええ」 何か推考する禎一の瞳と愛の眼がぴったり合った。愛は、ありあり意味を感じ小さい不安そうな声で訊いた。「――そ・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・ 鶏舎に面した木戸の方へ廻ると十五の子の字で、雨風にさらされて木目の立った板の面に白墨で、 花園 園主 世話人 助手人と、お清書の様にキッパリキッパリ書いてある。 微笑まずに居られない。 気がついて見る・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・やがて お前等は繰れど、繰れどつきぬ 人類の喜怒に愕き 畏れて 静かなケイを震わせる時が来るだろう。 八月三十日不図 軌道を脱れた 星一つ 宏い 秋の空間を横切って 墜ちた。・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・大夫が邸の三の木戸、二の木戸、一の木戸を一しょに出て、二人は霜を履んで、見返りがちに左右へ別れた。 厨子王が登る山は由良が嶽の裾で、石浦からは少し南へ行って登るのである。柴を苅る所は、麓から遠くはない。ところどころ紫色の岩の露われている・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫