・・・この裂帛の気魄は如何。いかさまクライストは大天才ですね。その第一行から、すでに天にもとどく作者の太い火柱の情熱が、私たち凡俗のものにも、あきらかに感取できるように思われます。訳者、鴎外も、ここでは大童で、その訳文、弓のつるのように、ピンと張・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・之は、書くぞ、書くぞという気合と気魄の小説である。本物の予告篇だと思っていた。そして今に本物があらわれるかと、思っていると、その日その日が晩年であった、ということばがほんとうなのかとうたがわれて来た。健康をそこね、写真はすきとおってやせてい・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・下宿の一室に、死ぬる気魄も失って寝ころんでいる間に、私のからだが不思議にめきめき頑健になって来たという事実をも、大いに重要な一因として挙げなければならぬ。なお又、年齢、戦争、歴史観の動揺、怠惰への嫌悪、文学への謙虚、神は在る、などといろいろ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・もしこの漆黒の髪がなかったら浮世絵の顔の線などは無意味な線の断片の集合に堕落してしまって画面全体に対する存在理由の希薄なものになってしまいそうである。 頭髪の輪郭をなしているいろいろの曲線がまた非常に重要な役目をしている。歌麿以前の名家・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・どうかするとあまりに重く堅過ぎるように私には思われる事もあるが、考えてみると、それを取り去ってはやはり作者の影が稀薄になるかと思う。 宇都野さんの歌はどう見ても大宮人の歌ではない、何処かしら東夷とでも云いたいような処があると私は思う。そ・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・音の具象性が希薄であればあるほど、この陰影は濃厚になる。それだから、名状し難いいろいろな心持ちのニュアンスの象徴としては音のほうが画像よりもいっそう有力でありうるということになる。 たとえば「人生案内」の最後の景において機関車のほえるよ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・が取り除かれない限り、将来日本でほんとうに世界的な映画の作られる見込みもまたはなはだ希薄であろうと思われるのである。この事情はいつまで持続するか。これは実に単に映画界だけの問題ではなくて、日本の文化一般の将来に係わる実にだいじな一問題ではな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ カルネラは昔の力士の大砲を思い出させるような偉大な体躯となんとなく鈍重な表情の持ち主であり、ベーアはこれに比べると小さいが、鋼鉄のような弾性と剛性を備えた肉体全体に精悍で隼のような気魄のひらめきが見える。どこか昔日の力士逆鉾を思い出さ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・しかしユダヤ人というものの概念のはなはだ希薄な日本人には、おそらくこの映画の本来のねらいどころは感ぜられないであろうし、あるいはかえってそのおかげで日本人にはいやみや臭味を感ずることなしにこの映画のいいところだけを享楽することができるかもし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・械と数十の映画を買って帰ったので、長い間の希望はついに実現されたわけであるが、妙なことにこの遂げられた希望の満足に関する記憶の濃度のほうが、かの失敗した試みに伴のうた強烈なる法悦の記憶に比べてかえって希薄である。 その時の映画の種板はた・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫