・・・ 向島の言問の手前を堤下に下りて、牛の御前の鳥居前を小半丁も行くと左手に少し引込んで黄蘗の禅寺がある。牛島の弘福寺といえば鉄牛禅師の開基であって、白金の瑞聖寺と聯んで江戸に二つしかない黄蘗風の仏殿として江戸時代から著名であった。この向島・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・戸の木肌はあらわに外面に向かって曝されていた。――ある感動で堯はそこに彳んだ。傍らには彼の棲んでいる部屋がある。堯はそれをこれまでついぞ眺めたことのない新しい感情で眺めはじめた。 電燈も来ないのに早や戸じまりをした一軒の家の二階――戸の・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・枝の生えかたがちがうし、それに、木肌の日の反射のしかただって鈍いじゃないか。もっとも、芽が出てみないと判らぬけれど。」 私は立ったまま、枯木へ寄りかかって彼に尋ねた。「どうして芽が出ないのだ。」「春から枯れているのさ。おれがここ・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
出典:青空文庫