・・・やがて花よめ花むこが騎馬でお寺に乗りつけてたいそうさかんな式がありました。その花むこの雄々しかった事、花よめの美しかった事は燕の早口でも申しつくせませんかった。 天気のよい秋びよりは日がくれると急に寒くなるものです。さすがににぎやかだっ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 久しい後で、その頃薬研堀にいた友だちと二人で、木場から八幡様へ詣って、汐入町を土手へ出て、永代へ引っ返したことがある。それも秋で、土手を通ったのは黄昏時、果てしのない一面の蘆原は、ただ見る水のない雲で、対方は雲のない海である。路には処・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・このあたりこそ気勢もせぬが、広場一ツ越して川端へ出れば、船の行交い、人通り、烟突の煙、木場の景色、遠くは永代、新大橋、隅田川の模様なども、同一時刻の同一頃が、親仁の胸に描かれた。「姉や、姉や、」と改めて呼びかけて、わずかに身を動かす背に・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・前夜のうちに、皇子の馬車も、それについてきた騎馬の勇士らも、波の上へ、とっとと駆け込んで、海の中へ入ってしまったものと思われたのであります。 夕焼けのした晩方に、海の上を、電光がし、ゴロゴロと雷が鳴って、ちょうど馬車の駆けるように、黒雲・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・この鐘の最後の一打ちわずかに響きおわるころ夕煙巷をこめて東の林を離れし月影淡く小川の水に砕けそむれば近きわたりの騎馬隊の兵士が踵に届く長剣を左手にさげて早足に巷を上りゆく、続いて駄馬牽く馬子が鼻歌おもしろく、茶店の娘に声かけられても返事せぬ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 騎馬の男は、靄に包まれて、はっきりその顔形が見分けられなかった。けれども、プラトオクに頭をくるんだ牛を追う女は、馬が自分の傍を通りぬける時、なつこい声をかけた。「ミーチャ!」「ナターリイ。」 騎者の荒々しい声を残して、馬は・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・この港はかつて騎馬にて一遊せし地なれば、我が思う人はありやなしや、我が面を知れる人もあるなれど、海上煙り罩めて浪もおだやかならず、夜の闇きもたよりあしければ、船に留まることとして上陸せず。都鳥に似たる「ごめ」という水禽のみ、黒み行く浪の上に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ 最後の汽車と騎馬との追っ駆けは、無音映画としてはあまりに陳套な趣向であるが、しかしあの機関車の音と画像と、馬のひづめの音と足掻きの絵との加速度的なフラッシュ・バックにはやはりちょっとすぐにはまねのできない呼吸のうまみがあるようである。・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ 木場の町にはむかしのままの堀割が残っているが、西洋文字の符号をつけた亜米利加松の山積せられたのを見ては、今日誰かこの処を、「伏見に似たり桃の花」というものがあろう。モーターボートの響を耳にしては、「橋台に菜の花さけり」といわれた渡場を・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 或日わたくしは洲崎から木場を歩みつくして、十間川にかかった新しい橋をわたった。橋の欄には豊砂橋としてあった。橋向には広漠たる空地がひろがっていて、セメントのまだ生々しい一条の新開道路が、真直に走っていたが、行手には雲の影より外に目に入・・・ 永井荷風 「元八まん」
出典:青空文庫