・・・夜を守る星の影が自ずと消えて、東の空に紅殻を揉み込んだ様な時刻に、白城の刎橋の上に騎馬の侍が一人あらわれる。……宵の明星が本丸の櫓の北角にピカと見え初むる時、遠き方より又蹄の音が昼と夜の境を破って白城の方へ近づいて来る。馬は総身に汗をかいて・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・険相な眼と口を帽子の顎紐でしめ上げた警官たちが、行列の両側について歩いて寸刻も離れないばかりか、集合地点には騎馬巡査がのり出した。歩道には、市内各署の特高のスパイが右往左往して日頃目星をつけている人物を監視したり今にもひっぱりそうな示威をし・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・一つの騎馬像が人間波浪から突立って見えた。英蘭銀行の八本の大円柱がこの三角州の上で堂々と塵をかぶりつつ、翼を拡げている。 貧乏人町東端の方からやって来るところには一本の円柱もない。見上げる石壁が平ったく横に続いてるだけだ。が、山の手から・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ この車にあえば、徒歩の人も避ける。騎馬の人も避ける。貴人の馬車も避ける。富豪の自動車も避ける。隊伍をなした士卒も避ける。送葬の行列も避ける。この車の軌道を横たわるに会えば、電車の車掌といえども、車をとめて、忍んでその過ぐるを待たざるこ・・・ 森鴎外 「空車」
・・・「あの傍じゃ、おれが、誰やらん逞ましき、敵の大将の手に衝き入ッて騎馬を三人打ち取ッたのは。その大将め、はるか対方に栗毛の逸物に騎ッてひかえてあったが、おれの働きを心にくく思いつろう、『あの武士、打ち取れ』と金切声立てておッた」「はは・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫