・・・いかなる事実よりも重大な事実だ。なぜなら、それは当然起こらねばならなかったことが起こりはじめたからだ。いかなる詭弁も拒むことのできない事実の成り行きがそのあるべき道筋を辿りはじめたからだ。国家の権威も学問の威光もこれを遮り停めることはできな・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・中庸というものは二つの道以下のものであるかもしれないが、少なくとも二つの道以上のものではない。詭弁である、虚偽である、夢想である。世を済う術数である。 人を救う道ではない。 中庸の徳が説かれる所には、その背後に必ず一つの低級な目的が・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ 私はしどろもどろの詭弁を弄していたのだ。「青春の逆説」とは不潔ないいわけであった。若さのない作品しか書けぬ自分を時代のせいにし、ジェネレーションの罪にするのは卑怯だぞと、私は狼狽してコップを口に当てたが、泡は残った。 しかし海老原・・・ 織田作之助 「世相」
・・・「ほな、何弁を使うたらいいねン……?」「詭弁でも使うさ」 男はひとりごとのように、にこりともせず言った。 その洒落がわからず、器用に煙草の輪を吹き出すことで、虚勢を張っていると、「――君はいくつや」 と、きかれた。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・しかし、僕に死を禁ずるその同じ詭弁家が時には僕を死の前にさらしたり、死に赴かせたりするのだ。彼等の考え出すいろいろな革新は僕の周囲に死の機会を増し、彼等の説くところは僕を死に導き、または彼等の定める法律は僕に死を与えるのだ。」 織田君を・・・ 太宰治 「織田君の死」
・・・まかり間違うと、鼻持ちならぬキザな虚栄の詠歎に似るおそれもあり、または、呆れるばかりに図々しい面の皮千枚張りの詭弁、または、淫祠邪教のお筆先、または、ほら吹き山師の救国政治談にさえ堕する危険無しとしない。 それらの不潔な虱と、私の胸の奥・・・ 太宰治 「父」
・・・ 聖書にこれあり。赦さるる事の少き者は、その愛する事もまた少し。この意味がわかるか。間違いをした事がないという自信を持っている奴に限って薄情だという事さ。罪多き者は、その愛深し。 詭弁ですわ。それでは、人間は、努めてたくさんの悪い事・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 以上の所説は、一見はなはだしく詭弁をろうしたもののように見えるかもしれないが、もし、しばらく従来の先入観をおいて虚心に省察をめぐらすだけの閑暇を享有する読者であらば、この中におのずから多少の真の半面を含むことを承認されるであろうと信ず・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・煽動者の利器とする詭弁の手品の種はここから出て来るのである。 十二 一と頃、学生の観客の多い映画館で、ニュース映画の中にたまたまソビエトの赤旗の行列などがスクリーンに現われると、観客席の暗闇から盛んな拍手が起・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・しかしこれは空風が吹いて桶屋が喜ぶというのと類似の詭弁に過ぎない。当面の問題には何の役にも立たない。 しかしともかくも厄年が多くの人の精神的危機であり易いという事はかなりに多くの人の認めるところではあるまいか。昔の聖人は四十歳にして惑わ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
出典:青空文庫