・・・二葉亭は近代思想の聡明な理解者であったが、心の底から近代人になれない旧人であったのだ。三 二葉亭は長生きしても終生煩悶の人 それなら二葉亭は旧人として小説を書くに方っても天下国家を揮廻しそうなもんだが、芸術となるとそうでない・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・「あの声は胸がすくよだが、惚れたら胸は痞えるだろ。惚れぬ事。惚れぬ事……。どうも脚気らしい」と拇指で向脛へ力穴をあけて見る。「九仞の上に一簣を加える。加えぬと足らぬ、加えると危うい。思う人には逢わぬがましだろ」と羽団扇がまた動く。「しかし鉄・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・人誰か故郷を思わざらん、誰か旧人の幸福を祈らざる者あらん。発足の期、近にあり。怱々筆をとって西洋書中の大意を記し、他日諸君の考案にのこすのみ。明治三年庚午一一月二七夜、中津留主居町の旧宅敗窓の下に記す福沢諭吉・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・それでさえ、求人の四割を充しただけで、公の職業紹介によらない斡旋屋は、小学生一人について三十円の手数料さえむさぼったと記録されている。 八年制の国民学校を卒業した少年少女たちは、やっぱりそのようにして勤労の生活に入ってゆくのであろうが、・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・どの新聞の広告欄にでものっている婦人の求人欄を一瞥すればよくわかる。そして働く能力と意志のある男たちは、これも、日本のよりやすい賃銀で「使用」しうる産業予備軍として、ある歴史の段階に到るまでは労働者階級の負担とならないわけにはゆかなくさせら・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ 第一の女 第二の女 第三の女 非番の老近侍 帝の供人同宮人数多 法王の供人数多及び弟子達 イタリー、サレルノの農夫の老夫婦 人民数多、及び不信心な遊び者 第一幕 ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・それでもまだ女の働き手は要求されていて、例えば来年女学校を卒業する娘さんは六千五百名という見込みに対して求人は一万三千という有様である。小学校を出たばかりの少年たちの力も全国的に動員された上でのことである。職業紹介所は更に最近労務資源枯渇の・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・ジェーンは一つ一つ開いてみて、最後の一通の求人に応じて行ってみることにきめる。その手紙の内容は、ある田舎の荘園で、女主人は病弱なので家政婦が家事取締りしている。その助手と鶏舎の監督をする健康な飽きっぽくない若い婦人を求めているのであった。ジ・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・珠を九仞の深きに投げ棄ててもただ皮相の袋の安き地にあらん事を願う衆人の心は無智のきわみである。さはあれわが保つ宝石の尊さを知らぬ人は気の毒を通り越して悲惨である、ただ己が命を保たんため、己が肉欲を充たさんために内的生命を失い内的欲求を枯らし・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫