・・・という言葉は、何か国民を強制する言葉のように聞こえた。 私は終戦後、新聞の論調の変化を、まるでレヴューを見る如く、面白いと思ったが、しかし、国賊という言葉はさすがの新聞も使わなかった。が、私は「国賊にして国辱」なる多くの人人が「一億総懺・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・私はこの横丁へ来て、料理屋の間にはさまった間口の狭い格子づくりのしもた家の前を通るたびに、よしんば酔漢のわめき声や女の嬌声や汚いゲロや立小便に悩まされても、一度はこんな家に住んでみたいと思うのであった。 天辰はこの雁次郎横丁にある天婦羅・・・ 織田作之助 「世相」
・・・歯列を矯正したら、まだいくらか見られる、――いいえ、どっちみち私は醜女、しこめです。だから、その人だって、私の写真を見て、さぞがっかりしたことだろう。私の生れた大阪の方言でいえばおんべこちゃ、そう思って私はむしろおかしかった。あんまりおかし・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・そう言って自分から語りだしたのは、近ごろ京の町に見た人形という珍妙なる強請が流行っているそうな、人形を使って因縁をつけるのだが、あれは文楽のからくりの仕掛けで口を動かし、また見たなと人形がもの言うのは腹話術とかいうものを用いていることがだん・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 若し其処のが負傷者なら、この叫声を聴いてよもや気の付かぬ事はあるまい。してみれば、これは死骸だ。味方のかしら、敵のかしら。ええ、馬鹿くさい! そんな事は如何でも好いではないか? と、また腫はれまぶたを夢に閉じられて了った。 先・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そして耕吉の窓の下をも一二度、口鬚の巡査は剣と靴音とあわてた叫声を揚げながら、例の風呂敷包を肩にした、どう見ても年齢にしては発育不良のずんぐりの小僧とともに、空席を捜し迷うて駈け歩いていた。「巡査というものもじつに可愛いものだ……」耕吉は思・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・しかしその少し強制がましい調子のなかには、自分の持っている欲望を、言わば相手の身体にこすりつけて、自分と同じような人間を製造しようとしていたようなところが不知不識にあったらしい気がする。そして今自分の待っていたものは、そんな欲望に刺戟されて・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・この時自分の口を衝いて出た叫声は、 天皇陛下万歳! 国木田独歩 「遺言」
・・・この天然と生命との機微を無視するキリスト教的、人道主義は、簡単に、一夫一婦の厳守を強制するのみで、その無理に気がつかない。それは夫婦というものが、人間という生きもののかりのきめであることを忘れるからである。この天与の性的要求の自由性と、人間・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・これは他人の内生を共生すること、すなわち同情である。利他主義はこの同情という心理的事実にもとづくものである。人はいやしくも他人の願望を知れば、その実現を妨ぐる事情なき限り、自分の願望と等しく、この他人の願望によって規定されずにいられない自然・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫