・・・その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる笑声がおりおり高く起こるかと思うとおりおりまた、とある家の垣根に固く繋いである牝牛の長く呼ばわる声が別段に高く聞こえる。廐の臭いや牛乳の臭いや、枯れ草の臭い、及び汗の臭いが相和して、百姓に特有な・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 永遠に渇している目には、四本の箸の悲しい競争を見る程の余裕がなかった。 女は最初自分の箸を割って、盃洗の中の猪口を挟んで男に遣った。箸はそのまま膳の縁に寄せ掛けてある。永遠に渇している目には、またこの箸を顧みる程の余裕がない。・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・そこでわたくしは必死になってあの写真と競争してみる気になったのです。 女。それも分かっていましたの。 男。そこで服を一番いい服屋で拵えさせる。髪をちぢらせる。どうにかして美しくなろうと意気込んで、それと同時にあなたに対しては気違染み・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ここでは街々の客観物は彼の二つの視野の中で競争した。 北方の高台には広々とした貴族の邸宅が並んでいた。そこでは最も風と光りが自由に出入を赦された。時には顕官や淑女がその邸宅の石門に与える自身の重力を考えながら自働車を駈け込ませた。時には・・・ 横光利一 「街の底」
・・・なあに競争しよう、比較していただこう。私は恐れはしない、Ci Sono auch' io なあに私だって女優だ。――そこでサラのあてた「バグダッドの王女」をデュウゼも取った。世界の女優はここに競争を開始した。 今宵チュウリンの街を貫ぬく・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫