・・・だがたいていの場合、私は蛙どもの群がってる沼沢地方や、極地に近く、ペンギン鳥のいる沿海地方などを彷徊した。それらの夢の景色の中では、すべての色彩が鮮やかな原色をして、海も、空も、硝子のように透明な真青だった。醒めての後にも、私はそのヴィジョ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 光琳が大成したという宗達の装飾的な一面は、その方向の極致なのだろうが、或るものは何となし工芸化して感じられる。そしてそういう美の世界では、宗達が嘗つて人間を自在に登場させた可能が封じられて、おのずから波や花鳥、人生としては従のものが図・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ ソヴェト同盟のシュミット博士一行の極地探険の記録映画は誠に感銘深いものであったが、そこには歪められたロマンティシズムは少しもなかったのである。 沙漠という自然の事情と、それを生産的に開発しようとする人間の意志、土地の相貌が新しくな・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ 極地探検の記録も人類の到達した科学と自然に対して働きかけてゆく人間の意欲との統一の姿として非常に面白い。岩波新書の「北極飛行」の素晴しさを否定するものはなかろう。バードの「孤独」も歴史的記録である。 地殻の物語は、そこに在る火山、・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 奇妙な別離「魂と魂との結合が完きものであったときには、この美しい感情の極致を傷けるいかなるものも致命的なのだ。悪党どもなら匕首を振った後に仲直りするような場合にも、愛する者同志は、ただ一瞥一語のためにも仲をた・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・ 強固に、深刻に人生の意識、人類の内容を考察する者が、どうしてよい気持になって、今更過去のお染久松、お夏清十郎の恋の唄を、我等、人類の恋愛理想の極致だと云えよう。また、或る性的生活に対する反省と、革新との意気とが、次第に密に不可抗の中で・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・私は何時間も何時間も極地飛行のデテールを、微に入り細を穿って熟慮した。世界の屋根に立っている自分を、ほとんど現のものに見たのである。これら凡てのことをお役所式の言葉で語りつくせるだろうか。三枚や四枚の報告書に、どうして自分の疑惑や亢奮や不安・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
・・・ 同じ古本のつみ重りの下から、池辺義象の『仏国風俗問答』明治三十四年版と、明治二十五年発行の森鴎外『美奈和集』、同じ人の三十五年二月発行『審美極致論』が埃にまびれて現れた。「当世書生気質」を収録した『太陽』増刊号の赤いクロースの厚い菊判・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・わたくしはこの透明さが表現の極致ではないかと考えている。ちょうど無色透明で歪みのない窓ガラスが外の景色を最も鮮やかに見せてくれるように、表現の透明さは作者の現わそうとするものを最も鮮明に見せてくれる。また透明であればあるほどそこにガラスのあ・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・文章の円熟に打たれる。文章の極致は、透明無色なガラスのように、その有を感ぜしめないことである。我々はそれに媒介せられながらその媒介を忘れて直接に表現せられたものを見ることができる。著者の文章は、なお時々夾雑物を感じさせるとはいえ、著しくこの・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫